可能性があるのなら縋るしかないのだ











「ねぇ
「何?」
「俺達付き合って三ヶ月経つね」
「そうね」
「じゃあ、もうそろそろしてみない?も俺とのスキンシップに慣れてきたし」
「・・・何を?」
「セックス」

この会話は唐突に始まったものだったが、避けようと思って避けられることではなかった。
人間が嫌いな私にとって、永遠に来ないであろうと思われた出来事も、臨也と契約したことにより、出来るかもしれない、という所までは持ち上がっていた。決してやってみたいとは思っていなかったが。

「私と?」
「他に誰がいるのさ。それに俺だって健全な男子高校生だよ?彼女がいるのに他の女に手を出す訳にはいかないんじゃない?」
「じゃあ、契約解除して他の女の子に手を出すの?」
「遠慮しておくよ、俺がしたいと思うのは現時点でだけだし。それに今君を手放すと俺本当に命の危機になりそうだしね」

勿論の事も愛してるしね。と取って付け足したように言う臨也。
夏休みの間、チャンスはあっただろうに一切手を出さず、三ヶ月待った所が変に律儀で少し可笑しかった。多分、臨也は私に準備期間を与えてくれたのだろうけど覚悟など出来無かった。契約した日にいつかこうなるとは思っていたし、その前にこんなふざけた契約など破棄されるかもしれないとも思っていた。
正直に言えば、その事について考えることを放棄していたのだ、私は。

「確かに、うっかり静雄に手を貸したら臨也、本当に殺されそうだものね」
「否定出来ないなぁ・・・ところではなんでシズちゃんの事、呼び捨てなの?」
「二人揃って叱る時に片方が苗字って変じゃない?それに静雄は中学の後輩で、全く知らない仲って訳でもないのよ」

あ、拗ねた。
ふいと横を向き、へぇ、そう。と途端に興味無さそうな振りをする臨也を見て、ここでドキドキしたら私は彼の事が好きだと証明されるのに残念だなんて見当違いな事を思った。こういう考えに至る所が、私達が本当に契約上の恋人だと実感させられる。
身体を繋げたら何かが変わるだろうか。この男を、愛しいと思えるようになるのだろうか。
私は暫く、こちらの視線に気付きながら、決してこちらを向こうとしない臨也の横顔を見つめていた。やがてフェンスに預けていた身体を起し、同じくフェンスに背を預けている彼を正面から抱き締めた。臨也は私の行動に少し驚いたように身体を強張らせたが、直ぐに、ゆっくりと私の背中に腕を回した。表情が見えなくても解る。きっと薄く笑みを浮かべているのだろう。
誰かの指が身体に触れるのですら嫌悪していた私だったが、この男に対してはもう耐性が付いたようだ。今みたいに自分から触れることも出来る様になった。勿論人前でなどしないがここは屋上、定期考査前の部活禁止期間なので、放課後とはいえ校舎にも校庭にも誰もいない。

「いいよ」

ぽつり、と呟いた私の言葉の意味を瞬時に理解した臨也が、私を抱く腕に力を込めた。










今日は金曜日、つまり明日は休み。
外泊しても元から一人暮らしの私を叱る人間はいない。それに以前、怪我をしたときに泊まって以来、何度か臨也のマンションには泊まっているので、急に行っても平気な位には荷物があったりする。だから急に彼の家に行っても何の問題は無い。週末は『開錠屋』の仕事も入っていなかった。
二人とも定期考査前に猛勉強が必要な人間ではなく、私は常に優等生として過ごしていたので毎日の授業だけで十分だったし、臨也など前日にノートと教科書を捲るだけで頭に入ると言っていた。実際、あそこまで授業に出ていない割には前回の定期考査の成績が良かったのを覚えている。
誰もいない帰り道、二人は無言で家路を辿る。
世界が変わるのかもしれない。変わらないかもしれない。私は湧き上がってくる得体の知れない恐怖を隠すように押さえつけていた。それに気付いたのか、臨也の冷たい手が私の手を強く握った。