夢の中で会えたのは偶然なんかじゃなかったんだ











「助けて」

どうすればいい?

「ここにいる。ここから動けない。助けて、助けて」

わかった。















「貴方が嫌っている私に助けを求める日が来るなんて思ってもみなかったわ。明日はきっと雪が降るんでしょうね」

留学生の立場では調べることは出来ても会いに行くことが、ましてやアポが取れない相手も存在する。
今回がそうだ。そういう相手だった。英国の階級制度は今も尚色濃く残っている。目的の男は何の後ろ盾も持たないアジア人の留学生など歯牙にも掛けないだろう。
その時思い付いたのが彼女だった。家柄に恵まれながらも家に囚われず、今の時代の同年代の女性と同じ様に自由に生きる、留学先の大学の同期。

「嫌いではないよ、苦手なだけだ」
「日本人は物事を曖昧にするって言うけど全員に当てはまる訳でもないのね」
「ビール嫌いのドイツ人だっているだろう?それと同じさ」
「ここまで流暢なドイツ語で返すなんて、日本人って本当に勤勉よねぇ」
「世辞はいらないよ。で、さっきの話に戻るんだが「いいわよ」
「・・・へ?」
「聞こえなかったのならもう一度言おうかしら?」
「いや、聞こえてたよ。ただ俺は君にまだ何一つ説明していないじゃないか」
「私の力を借りたいんでしょう?しかも、貴方に出来ない事の為に。貴方は私利私欲の為に決して人を使わないじゃない?自分の力の及ぶ範囲の事しかしないし、努力で賄える事なら努力を怠らない。そんな貴方が他人の力を借りてまで実行したい事があるなんてね。興味があるのよ」
「・・・ありがとう」
「ここでキスやハグの一つが出来れば立派なドイツ人だって認めてあげるのに」
「俺は日本人で、君はイギリス人じゃないか・・・でも君が望むなら喜んでするさ」
「貴方将来絶対女性を泣かすわね」
「女だからそんな心配はいらないさ」
「さぁ、どうだか」

彼女のお陰で、獏を捕える男に会えた。
男の主催するパーティーへ乗り込み、さりげ無く人払いをし、二人きりになった所で、本題に入った。
正直、俺は焦っていた。

「初めまして男爵、貴方の飼っているペットについてお話をしたいのですが」
「君は・・・あぁ、確かドイツに留学している伯爵家の令嬢の友人だったかな?」
「えぇ」
「君が私のペットに興味を持つ理由が見当たらないのだが?普通だろう?庭にドーベルマンを飼っているなんて」
「犬のお話ではありません」
「じゃあ室内飼いのシャム猫の事かい?」
「いいえ、違います」
「おや、私は他にペットは飼っていないのだがな」
「いるじゃあないですか。獏が、そこの隠し扉から行ける地下室に」

ハッタリのつもりだったが、当たった様だ。男爵の顔に僅かだが焦りが浮かび、そしてそれを気取られたと知ると、今度は仮面を剥がしてこちらを向いて笑った。

「君がそれを知る必要はないんじゃないかい?・・・まあ、何が目的かね?」
「獏の、解放を」
「ハッ!君はアジア人なのにあの生き物の価値知らないのか!あの生き物の能力を!夢に潜り込む事が出来るのが、どれだけ素晴らしい事か解らないのかい?」
「貴方は只人間の価値を獏に押し付けているだけじゃないですか。獏を解放してください!獏は現実にいるべき生き物ではないんです!」
「・・・っふ、良いだろう。ただし君に出来るのなら、な」

男がそう言うと隠し扉が開かれ、地下へ続く道を彼に続く。部屋というより只の空間でしかないそこはじめじめとしていた。
中央に、大きな檻が置かれ、獏はその中にいた。

「獏の檻の中に入り、君がアレを夢の中へ返してやりたまえ」


「ただし、命の保障は出来ないよ」


「来たよ、獏」

人間なんて殺してやる。お前も殺してやる。

「ごめんね、君のいる場所は此処じゃないのに。現実にいるべきじゃないのに、夢へ帰ろう」

来るな、人間。

「っ!・・・何もしないよ。獏、君を夢へ返すにはどうすればいいんだい?」

近付くな、出てけ。

「君が俺を呼んだんだよ、俺に出来る事は何だい?」

死ね。















あの時俺が背を向けなければ良かったんだ。襲い掛かる獏から逃げなければこんな結果にはならなかったのかもしれない。今でも夢の中で後悔する。しかし、過去には戻れない。
獏の爪が背中を切り裂き、俺はそこで意識を失った。















ごめん、俺、獏の事助けられないかもしれない。

「助けに来てくれたのに、獏の事助けに来てくれたのに引っかいちゃった」

仕方無いさ。いきなり現実に引きずり出されて、人間が怖かったんだよな。

「痛かった?ごめんなさい、ごめんなさい」

大丈夫だよ、夢の中まで痛みは無いから。謝らなくていいよ。

「・・・死んじゃうの?」

さぁ、解らない。でも君を捕らえた男はきっと俺を生かしてはおかないだろうね。

「死んじゃやだ」

ごめんな、獏。お前の事、夢に戻してやれなくて・・・

「やだ、死んじゃやだ。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!」

気がついたら、俺は彼女の腕の中にいた。どうやら中々出てこない俺に痺れを切らした彼女が取り付けていた発信機を使い、隠し部屋をこじ開けたらしい。横には獏の死体があった。俺が手を触れると砂の様に崩れていき、最後には何も残らなかった。

「ごめんな、獏」

それだけ言って、俺は再び意識を手放した。















次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
傍には彼女が泣き腫らした目で俺を見ていた。その光景が痛々しく、結局俺は彼女に全てを話した。

「お人好し」

彼女の説教はそれだけだった。
俺の傷は塞がりかけていなければ死んでいたと医師に告げられた。医師は彼女の家の専属医で、傷の事を他言無用にしてれという願いは簡単に叶った。
男爵は他にもヤバい事に手を出していたらしく、警察に捕まり、地位も失ったそうだ。

「獏に出来る事なんてもう何もないんだ、だけど貘は俺の命を助けてくれた。夢に生きる獏の為になるべく清い身体でいようと思った。だからこうして朔の日に禊をしているのさ」















今だ蝕む悪夢



「俺は昔、一度だけあの獏に悪夢を食べて貰っていたんだ」