共に背負うのは罪か罰か枷なのか











「いやぁ、お前の名前出したお陰で警察に連れてかれずに済んだよハッハッハ」
「おい待て今のは聞き捨てならないぞ。誰に俺の知り合いだって言ったのか?」
「今回だけは警察沙汰はまずかったからねぇ。お前の知り合いだって言ってちょおっとお願いして警察に言わないでもらっちゃった」
「それはお願いじゃない、脅迫だ」

人が心配しているのに勝手に人の名前使いやがって。お前が同僚脅したらその同僚から白い目で見られるのは俺なんだぞおい。

「全く、お前は・・・全部話せよ」
「ああ、その為にお前を部屋に呼んだんだよ」

奴の仕事帰りにしか見えないスーツ姿。実際今日は仕事は無かったらしいが、黒いスーツに黒いシャツなんてどこかの組の幹部にしか見えない。だけどこれがコイツの仕事着、趣味が悪いのは指摘済みだ。

「じゃあ、飲もう!」
「・・・だからどうしてそこに話が繋がる」
「こんな話飲まないとやってられないじゃないか」

人の話を聞き流し鼻歌を歌いながら手際よく酒と肴を用意し始めるコイツに今更腹を立てるつもりはない。人の話を聞かず、自分の欲望にのみ忠実な所は今も昔も変わらない。















「やっべ今日朔の日じゃん」
「?あぁ、普通に新月って言えよ」
「残念、酒が飲めない」

・・・ここは怒る所だろうか。
残念残念と理由も言わずてきぱきと片付ける姿が少し慌てて見えるのは気のせいじゃないだろう。第一、出した酒を飲み干すことなく仕舞うなんて初めて見た光景だ。いつもならテーブルに置かれた酒は空瓶となるまで片付けられない。
しかしもう手伝う気もツッコむ気も起きないので、ただ奴の行動を椅子に座って一部始終見ていた。
ちなみに今日は奴の家だ。

「何処か行くのか?」
「悪い、埋め合わせはする」

この時間から出掛けるのか。休日前夜にわざわざ時間を割いた友人に対しそうきたか。
だからといって一人酒をする気分でもなかったし、当然予定もない。

「遠いなら送るぞ?」
「いやいいよ電車あるし。電車ですぐだから平気だって」
「終電、あと五分で出るな」
「・・・自転車でも行ける」
「大荷物だなぁ」

奴が絶好調な時はまあ置いといて、大抵の場合口で負けることはない。伊達に毎日患者の我儘に付き合っている訳じゃないんだ。
肝心の目の前の人間は後ろめたいことがあるのか、車を出すと言っているのに珍しく渋っている。

「埋め合わせはいらないから、連れて行け」

肩にかけていた荷物を半ば強引に奪い、車のキーをチラつかせる。ボストンバックは大きく、それなりに物は入っているようだが思ったより軽かった。

「話は車の中ではしないぞ」
「いや、それは話したい時でいい」
「引くなよ」
「お前に関しては既にドン引き済みだ」
「うっわ、相変わらず酷い男だねぇ」
「言っとくがお前限定だからな」

軽口を叩ける人間がそうそういてたまるもんか、人の生死を預かる医者の言動はお前が思っている以上に重いんだ。
そう言おうとして止めた。コイツに仕事の愚痴を言ってどうする。

「ドイツに留学していた時イギリスに行く機会があってな。そこで俺は、獏に出会った」

互いに一言も喋らずエレベーターで地下駐車場まで降りた。そこから車までの僅かな距離の間に、奴はぽつりと言葉を落とした。
深夜、静かな駐車場に、僅かに声が木霊する。

「おい、話さないんじゃなかったのか?」
「今言わなかったら多分二度と言わない」

それだけ言って人の車のカーナビを操作し始める。距離としては確かに近い方だろう。しかし最寄駅からは遠く、自転車でも少しかかる。車で行かないと不便な場所だったが、あの様子だと本当に車で送ってもらう気は無かったのだろう。
事前申告した通り、奴は車内では一言も喋らなかった。















目的地は東京郊外。森林、というには少し生い茂った荒地と言ったほうが近いような場所だった。
車で行ける所まで行き、邪魔にならない場所に車を止めそこから歩き出す。低いとはいえとてもヒールで歩くような道では無かったので荷物は俺が持ったが、何度も足を運んでいる場所なのだろう、スニーカーの俺より足取りは確かだった。途中から獣道を逸れ、道無き道を惑うことなく進む奴に俺は付いて行くので精一杯だった。

「着いた、見るなよ」

滝、と泉。
そう呼ぶにはあまりにも小さなそれらを前にして、突然奴が服を脱ぎだした。

「おい・・・」
「バック貸してくれ」

普通脱ぎだす前に言うだろうそれ。
とは言え半裸の女相手に口論を始める気は無いので、大人しく肩に掛けていたバックを声のした方向を探りなるべくそちらを見ないように渡す。見るつもりは無かったと言う台詞は見てしまったら只の言い訳にしかならないのだ。

「お前、それは・・・」

本当に見るつもりは無かったんだ。
何も纏わない上半身。白いが華奢ではない、恐らく仕事が仕事なだけに世の平均的な女性よりうっすらと筋肉の乗った背中が目に入り、慌てて目を逸らそうとした。
だが、それを見つけてしまったら、もう目が離せなかった。
医者として、友人として。

「何なんだ、それは・・・っ!」

奴が入院した事を婦長に、詳しい症状を担当医から聞いたが、こんな事までは聞かなかった。個人情報と言えばそれまでだが、それにしてもこれは何だ。自分の見ているモノが信じられない。

「だから、見るなよって言ったじゃないか」

自嘲気味に嗤う奴は、見られる事を予測していたのだろうか。

「コレを見た人間は一人残らず夢に入ってコレに関する記憶を消している。ICUに入ってたから動けなくて苦労したけどお前の病院、個人情報の管理がしっかりしてたから数日ですんだよ。まあ、お陰で五日間もチューブが付いたままだったけどな」

背中には、五本の鉤爪の痕。外科でない俺でも判る。これは、致命傷に値する傷だ。

「全部話すって言ったけど、この傷まで見せる気は無かったんだ」















とても暑くどこまでも寒い夜



「さぁ、どうしようか」