『絶対安静の時飲んでいい酒って何?』 「飲むな。安静にしてろ」 『っち』 奴は舌打ちをし、電話を切った。 ・・・何なんだ一体。 「ここ一週間のうち怪我で入院した女性患者はいるかい?」 次の日、俺は休憩時間に自分の職場で最も情報を持ってる場所、ナースセンターへ足を向けた。 「あら、珍しいですね、先生がこちらにお見えになるなんて」 自分の姿に気付きこちらに近付く婦長に挨拶をし、先程の問いを投げかけると片眉を上げられた。 俺がこういう個人情報を訊ねる事は珍しいし、ナースセンターまで足を伸ばしたのも久しぶりだった。 もしかしたらあの時以来かもしれない。 「五日前に救急外来で一人いらっしゃいますよ。先生と同じ年ですね」 一週間、というのは俺が奴を見かけなくなってからだったが、お知り合いですか?と訊ねられたので多分と答えたら、婦長が部屋を教えてくれた。 「その患者さん、ICUに入っていて昨日一般病棟に移られたんです」 血の気が引いた。 内緒ですよ、と見せてもらったカルテにざっと目を通し、急ぎ足で病室へ向かう。 扉を開くと想像した人物が上半身を起こし本を読んでいた。こちらに気付くと片手を挙げ、よ、と一言。 あまりにも明るい奴の声に脱力しかけたが、巻かれている包帯の量が尋常じゃないことに気付く。彼女も気付かれた事に気付いた。ベッドに近付く。 「何があった」 「いやぁ、若くないのに張り切っちゃってねぇ」 「ふざけるな。ウチのICUに入る程の怪我の原因が張り切っただけで済むか」 「お前の勤務先だって知ってたら此処には来なかったよ」 「あの状態で病院が選べたらの話だけどな」 奴の笑顔が固まる。こちらが溜息をつくと、きちんと話を聞こうという気になったのか、読んでいた本にしおりを挟みサイドテーブルに置いた。 「全治三ヶ月、身体中の打撲、切り傷の他アバラが三本イッててそのうち一本は肺に刺さっていたそうだな」 「俺の個人情報だだ漏れじゃん、えっち」 「そんな奴が酒を飲めると思うなよ」 「えっちでけちだなんて女にもてないぞ」 「御託はいい。何があった」 はぐらかされない俺に、奴はわずかに張り付いていた笑みが完全に消えた。いつもへらへらしてる奴だから、こういう顔を初めて見た気がする。 「仕事でしくじった。それだけだ」 「それだけって・・・お前、そんなに危ないのか、その夢・・・」 「それ以上言うな!」 声を荒げ俺の言葉を遮る。 自分の声の大きさに自分で驚いたらしく、ばつが悪そうに眼を閉じた。 「悪い・・・」 「いや、俺も怪我人だというのについ・・・すまない」 気まずい沈黙が訪れる。 それでも奴は俺を追い出そうとしないんだ。 「このヤマが片付いたら話すよ」 「いや、いい。だからそんな顔をするのは止めてくれ」 お前は強いから。強いから、強いから。 昔、彼女の望んだ言葉を心の中で何度もくり返した。 声にはしない。彼女が今はそれを望んでいないから。 強さを求め、弱さを晒さずに生きてきた人間が作ったヒビ程、大きく割れる。 「そんなに酷い顔か」 「いつも通り酷い顔だ」 なんだよそれ。 そういって奴は笑った。その顔を見て少し安心した。 「まあ、退院祝いくらいしてやるよ」 二週間後、奴は退院したのはいいが、その二週間後には怪我が完全に治っていた。 |