これは偶然だ偶然だ必然だなんて思いたくない











半年前、都内の大型病院に栄転が決まり、自分への御褒美的な感覚でマンションの最上階を買った。
それなりの値段で職業上なかなか自宅に帰れないことを考えると、もう少し安くて狭くても全然構わなかったのだが、独身彼女なしなので使う当ての無い金を持っていてもどうしようもないし、御褒美だからまあいいかという理由で結局購入。悪くない、いい買い物だったと今でも思っている。
ただし、それは買い物に限った話だった。
ご近所付き合いは最初が肝心、という事で引越し蕎麦を同じ階の住人と真下の住人に配ったのだが、お隣さんは留守だった(ちなみに俺の部屋は屋上角部屋)。日や時間を変えてインターホンを鳴らしたが応答は無く、そのお隣さんにだけドアノブに蕎麦と手紙を添えるだけで終わった。
そしたら数日後、俺の家のドアノブに紙袋に下がっていた。中身はワインと、蕎麦の礼とだけ書かれた手紙が一枚。
ワインは美味しかったが蕎麦のお礼にしては少し豪華すぎる気もしたので、今度はお礼を兼ねて、紙袋にチーズを入れてみた。
笑えない、次の日には『美味』と書かれた一筆箋と共にリンゴが五個。
一人暮らしの男、しかも中々家に帰れないのにリンゴ五個は多いと思った。で、一つは食べ、残りはジャムにしてみた。ジャムは妻帯持ちの同僚に渡したら、お返しは妻の作りすぎたという惚気と共に渡されたカップケーキ。
もしかしてわらしべ長者体験中?俺。
段々楽しくなってきたものの、肝心のお隣さんは未だ会っていない。ちなみにカップケーキは『作りすぎた』と書かれた一筆箋、それと肉じゃがに化けた。















お隣さんを見たのはそれから二週間後、その間に俺たちは干し柿と梅酒とパスタセットを交換した。














相手がコーヒー豆を持って来たとき、ちょうど俺が夜勤から帰って来た所だった。
今日ここでばったり顔を合わせたのは偶然か、それとも今まで会わなかったのが偶然なのかは分からない。が、少なくとも俺がここに越してきて、隣が高校の同級生だったのは紛れも無い偶然だ。

「よ」

久々に会ったのに言うのはそれだけか。
こいつの飄々とした挨拶で、何となく納得した。こいつなら新しく越してきた隣人の挨拶をあんなふうに返し、なおかつ終わらない物々交換を続ける(俺も含めて)阿呆だ。

「よう、久しぶり」

中に入るか?と聞けば二つ返事で遠慮せず入ってくる。この様子だとまだ独身だな。

「何年ぶりだっけ?」
「卒業してから会ってねぇな。年思い出すから数えたくも無い」
「・・・老けたな」
「お前同じ歳だろ」
「女性に歳を聞くのは失礼だろう?」
「うっさい。今度の手土産は何だ」
「コーヒー豆、淹れるか?」

生憎コーヒーミルが無かったので紅茶になった。コーヒー豆は人ン家の牛乳パックの中に奴が勝手に入れていた。

「今何してんの?」
「医者」
「医者かぁ。大変だな、あんま家にも帰れないんだろ?」
「そっちこそ随分訪ねたが、結局今日まで会えなかったじゃないか。そういうお前こそ今何してるんだ?」
「ニート」
「・・・は?」
「冗談、大学で留学した時に覚えたドイツ語で翻訳業」
「結構家開けるのか?」
「いや、副業で」
「副業?」
「そ、副業」
「副業って?」
「漫画家のアシスタント」
「・・・嘘だろ」
「あれ、バレた。」

こいつは何年たっても変わらなかった。口調も、飄々と真実を煙に巻くことも、捉え所が無い所も。どこも、何一つ。
俺はそれ以上散策することはせず、互いの近況を話すだけでその日は終わった。















余談だが、奴が自宅に戻る時一緒に牛乳パックも連れ去られ、翌日、真っ白なコーヒープリンとして返却された。















一人暮らしの手料理上手



「なぁ、これ何でコーヒーの香りがするのに白いんだ?」「企業秘密」(・・・相変わらず謎だらけな女だ)