お前のそのタイミングのよさに腹が立つ











俺は、仕事と私用に携帯を使い分けない。
医者なんて仕事、非番でも呼び出されるなんて当たり前、そもそも俺らに非番など無きに等しい。めったに使われない固定電話が、友人と俺の唯一の連絡手段だ。留守電、FAX機能付き、ただし携帯番号は両親ですら知らない、というか教えていない。
両方の番号を知っている奴なんて一人しかいない、正直いなくてもいい。
あいつだけが、公私混同の立場にいる。















貴方の夢、買いマス売りマス作りマス。















そんな怪しい商売、現実主義の俺は信じない、というか今時子供でも騙せるかどうか。正直何かの悪徳商法の一環だと思っていた。

だが、この怪しい女は実際、それをやってのける。法外な金額をぶんどりつつ。医者の治療費もまあそれなりに高いが、保険があるし、過剰勤務の俺たちに少し位恵んでくれてもバチは当たらない。














最初は精神科医が患者から聞いたという、噂から始まった。
ノイローゼで通院していた一人の患者が、ある日を堺に目を見張る速さで回復したのだという。あまりの回復の早さに驚いた精神科医がその患者に何があったのかと尋ねると、ある人間が自分の悪夢を買い、幸せな夢を与えてくれたという。その人間とどこで会ったのかと聞くと、夢の中だと答える始末。
とにかく、一人の患者が回復した。それで話は終わるはずだった。















次に耳にしたのは鑑識に勤める同期から。
つまり、検死とかで刑事と顔を合わせる機会がある。別の用事で連絡を取った時、そういえば刑事から変なことを聞いたと言い出した。殺人容疑で追っていた容疑者が、それなりに名の通った政治家の息子か何かで、圧力かけられてなかなか逮捕できなかったんだと。
それがある日突然、そいつが自首してきたという。
息も絶え絶えに警察署に駆け込んでなんて言ったと思うか?「夢に殺される」だとよ。
それから警察署の廊下で自白が始まって、別件で詰めていた新聞記者にも聞かれて一面にスッパ抜かれてお仕舞い。政治家も庇いきれなくなって逮捕、起訴まで漕ぎ付けたという訳だ。
大きなニュースだったので、その事件は俺も知っていた。
事件の真相がそんな事で解決されるとは、警察もこんな事知られたら面目丸つぶれだなと言いふらした本人は笑っていたが。















そこまでは偶然で片付けられる。
問題はそこからだ。
精神科医が聞いた患者の夢と、政治家の息子が見たという夢。内容が全く同じというのはどういう事だ。















興味を持った俺は件の精神科医に頼みこみ、回復後の経過を知るという名目でもう一度患者に来てもらった。
その患者は、本当にノイローゼであったのかという程明るく、新しく見つかった職場にも馴染めていたらしい。夢の中で語りかけた人間の特徴を思い出してもらい、精神科医を巻き込んで作成した似顔絵は、見覚えのある顔だった。















たどり着いたのは、隣の部屋の住人。
高校時代の同級生。

「おー。珍しいね、アンタからこっちに来るなんて」

奴は俺の突然の訪問に驚いた顔をしている。
俺が休日もしくは休日前夜に料理にいそしんでいる時に限ってインターホンを鳴らすタイミングの良い奴には言われたくない台詞だ。追い出さないのは酒かつまみの手土産持参だから(たまに本の時もある)。

「何飲む?いいワイン見っけたんだけど」
「おう。つまみにチーズ見繕ってきたけどどれ食う?」
「全部」

酒と食の好みがこれでもかと言うくらい一緒なので、こういう日は大抵食って飲む。

「なあ。お前、今どんな仕事してたっけ?」

当たり障りのないよう、探る。

「前にも言ったろ?留学経験生かして翻訳やってるって」
「儲かるのか?」
「まあ、ボチボチかな?」
「ぼちぼちかよ。それでよくここに住んでいられるな。副業とかやってるのか?」
「・・・いや?」

嘘だ。
このマンションは都心一等地、家族で住める広さ、おまけにここは最上階。ぼちぼちの収入なんかで暮らせるほど安くない。

「珍しいなぁ、お前が俺にそういう事聞いてくるの」
「まあ、気になっただけさ」
「ふぅん」

知らない歌を口ずさみながら酒とツマミとワイングラスを用意する。
俺も出された皿にチーズを並べた。

「まあ、飲も。話の続きはそれからだっていいじゃないか」

承諾した理由は俺もそいつも酒好きで、俺のほうが酒に強い。
だから油断した。
結局その日は肝心の話にまでもって行けず、昔話と仕事の愚痴で終わった。ワインも赤白ロゼ、果ては編集長の棚からくすねてきた一本ン十万するシャンパンがあるなんて言われたらこれはもう飲むしかないだろう。ツマミもどんどん出され、いつもよりペースが早かった俺は明け方には酔いつぶれていた。
ここはダメだ床に寝たら風邪ひくとかお前がソファを買わないのが悪いんだと口論した所までは覚えているが、自宅のベッドにたどり着けた覚えがない。















でも、今いるのは床じゃない。

「なあ、どこまで知ったんだ?」

あいつの声が部屋に妙に響く。
知らないから知りたいんだと声もなく答えてやれば、そうか、と呟かれた。

「俺のこと、軽蔑するか?」

お前が不可解で常識に当てはまらないこと位、高校三年間で十分知ったよ。

「人を傷つけてるのに?」

暴力を振るう人間と無闇な権力が嫌いなだけだろ?
俺だってメスで人の体を刻むぞ。

「・・・お前がここに越してきて良かった」

お前の味噌汁上手いしとか付け加えられてもあまり嬉しくない。
俺は寝るぞ、眠いから。

「心配するな、寝てるから」

ガバリと、飛び起きた。















自宅のベッド、ではない。
部屋の構造は同じだから、多分ベッドの持ち主は隣人。
二日酔いでガンガンする頭を抱えつつ、リビングへと足を進める。

「起きたか」
「ああ、」
「目覚めは?」
「あまり良くない」
「そうか」

昨日の酒盛りの跡は片付けられていて、炊飯器から湯気があがっていた。部屋の主は寝ていた気配が無い。

「なぁ」
「何だ?」
「味噌汁作って」
「・・・あいよ」















まあ、つまりはそういう事らしい。















夢か現か



「豆腐とワカメ希望」「木綿しかないぞ?」「昨日冷蔵庫に絹放り込んどいた」「・・・そうかい」