「何事だ、この有様は」 主を失った屋敷の執事から、助けを求める電話を受けたのはほんの一時間前。 庭先で何かを探していたメイドに執事の居場所を聞き、目的地となる書斎へ入ると、そこには異様な光景が広がっていた。 壁という壁が本に埋め尽くされた部屋だったような気がしたが、それが全て床に無造作に積み上げられ、さらにその本を十人以上の使用人がパラパラとページをめくっていた。 執事を見つけるのに、十数秒の時間と要し、そちらへ向かうことは、本に阻まれたので諦めた。 「何をしているんだ」 「奥様の、遺書をさがしております」 部屋の中央までの道はかろうじて残されていたのだが、肝心の椅子が本に埋もれて使えない。 仕方ないので重厚な机に腰をかけ、勝手知ったる机の引き出しから葉巻を取り出した。 「主治医でもあり、生前から奥様と仲の良かった夏目様でしたら、在り処をご存知ではないかと思いまして、本日はお呼びした次第でございます」 「旦那の遺書はあったのか?」 「はい、旦那様の遺書は既にこの書斎で見つかっておりますが、奥様のものは・・・」 「何だ、あるじゃないか」 「夏目様、恐れ入りますが見つかったのは旦那様の遺書のみでして・・・」 「だからそれでいいんだよ」 「はあ・・・」 不思議そうに首を傾げる使用人たちに、一口、深く葉巻を吸ってから答えた。 この葉巻を共に吸う男も、それを嫌がり書斎の本は好んでも部屋には近づかなかった友人も、もうこの世にはいないのだ。 「旦那の遺書、少し厚かっただろう」 「はい、ですがそれは会社関係の書類も含まれているからでは・・・」 「その中に入ってる」 「は、でも、今回お二人がご一緒に亡くなられたのは偶然でして、しかもお二人別々の場所で事故に遭われたんですよ・・・!」 「でも、中に入ってるんだ」 腑に落ちない執事をなだめ、遺書を開封するのに必要な人間を呼んで貰う。 一時間後、弁護士と旦那の経営していた会社の重役が集まった。 親族は、来ない。 彼らの結婚は決して祝福されたものではないからだ。 結婚と同時に、二人は互いの家から勘当されていた。 「それでは、開封されていただきます」 弁護士の手により、遺書の封が切られた。 出てきたのは使用人達に、会社にそれぞれ宛てられた遺書。 そして、奥方の、彼女の遺書も入っていた。 開封した弁護士も目を開き、見守っていた周囲からもざわめきが起きた。 「でも、一体何故・・・」 「旦那様と奥様はほぼ同時刻に事故に遭われたのに」 「奥様は交通事故だったわ、でも・・・」 「旦那様は建設途中のビルの視察中に・・・」 まあ、当然の反応だ。 「仕方が無いんだ」 三本目の葉巻に火を点けながら、ため息混じりにつぶやいた。 「夏目氏、それは一体どういうことだ」 弁護士が驚いたように言う。 自分もこの弁護士も、元仕えていた家を裏切り、二人に付いて来たのだ。 古株の使用人も数人、執事は、彼女の生家に使えている執事の息子だ。 人望はあった、だから、全てを失った二人にも、人は付いて来た。 「仕方がないんだ」 同じ言葉を繰り返す。 皆の視線が集まる。 「一緒に死ぬって約束してたんだから」 |