情報屋と変な職業











「もう耐えられない、彼女を呼ぶわ」

そう言うと波江は今まで向かっていたパソコンから目を放し、鞄の中から携帯を取り出すとどこかへ電話を掛け始めた。確かにここ数日、泊り込みに近い形で激務をこなしている波江の目元にはクマが出来、自分も波江に仕事をしてもらっているにも関わらず、珍しく大量に重なった仕事が思うように進まない。

「波江、何をしているんだい?まさか君の弟をこんな所に呼び出すんじゃないよね?ここは一応俺の家になるんだけど」
「誠二にこんな危ない所に来てもらいたくないわ。それに言ったでしょう?彼女を呼ぶって。ここの住所も知って・・・あ、もしもし?今から大丈夫かしら」

電話が繋がり、会話が中断される。波江が弟以外に執着する所を始めて見る臨也は、自分の作業を一度中断して、彼女の電話が終わるのを待った。

「で、誰だい?その彼女は」
。『声』と言ったほうが通りがいいかしら」

『声』と聞いて納得がいった。確かに彼女はウチのお得意様で、いつも誰かの個人情報を求めてくる。いつもメールで情報をやり取りしているだけで仕事内容を詳しく知っている訳ではないし、顔も見たことは・・・無くは無い。彼女は来神高校の同級生だ。





「毎度どうも、波江さん」
「いらっしゃい、早かったわね。さあさあ早く」

頬を染めまるで彼女の弟を見るような目でを見る波江に珍しいものを見るように臨也の目が僅かに驚きを混め見開く。対するはせっかちですねぇなんて波江を椅子に座らせ、取り出した布で彼女の目を覆った。波江もそうされるのが当然のようにされるがままだ。

「どうでもいいけどさぁ、俺の家で一体何が始まるの?」
「ああ、そういえば折原とは『声』としては初対面だね」

目隠しをしたままの波江に何かを囁く、声は臨也の所まで聞こえなかったのだが、の一言で波江が酷く興奮しているのは手に取るように解った。臨也に近付いたが、デスク越しに臨也に向かって一礼する。

「ハジメマシテ。『声』のです」
「始めまして、そして久しぶりだね、。こうして顔を合わせるのは卒業して以来じゃないかい?」
「そうだね、『情報屋』と『声』としてはいつも世話になってるけど。本日は矢霧波江嬢の御依頼によりこちらまで出張してきました」
「君の仕事が間近で見られるのなら、俺の事務所が君に知られる位どうって事ないよ。の仕事内容は知っているけど、その実力を直に見たことが無いから俺も楽しみだよ」
「じゃあ、大事なお得意様を待たせているので」

が波江の傍に行き、彼女の耳に唇を寄せる。間近で仕事を見ようと近付いた臨也の方へ一度目を向けると、口元にそっと人差し指を当て、笑みを深める。そして、が口を開いた。

『姉さん』

彼女の口から出たのは、先程まで自分と会話をしていた女の声では無く、男の声。
しかもこの声の持ち主は目隠しをした女、矢霧波江の弟である矢霧誠二。

「ああ、誠二」
『久しぶり、姉さん』
「誠二、誠二・・・」
『姉さん、俺の為にいつもありがとう』
「もっと・・・もっと言って頂戴」
『ありがとう、姉さん・・・愛してるよ』

異様な光景だった。
白い布で目隠しをされ、それでも頬を紅く染めながら恍惚とした表情を浮かべる女性と、その横で耳元で笑みを浮かべながら愛を囁く男性の声色を使う女性。
二人の会話は五分ほど続いたが、臨也にとってその五分間は異常に長く感じた。





「見事だね」
『臨也にその評価を頂くとは光栄至極と言ったところかな?』
「・・・新羅か」
「彼からは『セルティ』の声を吹き替えてくれって無茶な欲望を言われたよ。聞いたことの無い人間の声なんて出せないし、彼女自身自分の声を覚えていないから引き受けなかったけど」
「確かに。ああそうだ、今度俺の所にもよろしく」
「おや、折原本人の仕事を貰うとは」
「まあ、ちょっと興味が湧いてね」
「誰の声にするか予め決めておいてくれよ。何なら平和島の瀕死の声でも練習しようか?」
「聴きたい気がするけどそれに金は払いたくないなぁ」

だって本当に死ぬわけじゃないし、と臨也の物騒な言葉を聞きながら、は玄関へ向かっていた。臨也はの後に続き、ブーツを履く為にしゃがみ込んだの背後に立つ。横を通り過ぎた時に見た波江は彼女の、いや、弟の声を十分堪能したらしく、異常なスピードで仕事を終わらせていっている。

「全く、あんなことで仕事が捗るなんて様々だよ」
「それが仕事ですから」

笑みを浮かべるを見る。一見どこにでもいそうな一般人。しかし、臨也がに売った個人情報の中には、明らかに裏の人間が多かった。と同時に思い出した一つの事実。


「何?折原」

彼女の今喋る声色と口調は最近よくCMに出ている聖辺ルリの声だ。口元が歪む。人当たりのよさそうな、しかし臨也を知るものには背筋に悪寒をもたらすと言われる笑みを浮かべる。

の声、聞かせて」
「・・・忘れちゃった」

ああ、やはり彼女も異常だったか。満足いく回答と共に新しく湧いた興味は、彼女の、本当の声。
臨也は立ち上がった彼女の肩を掴み、こちらを向かせる。

「え?って・・・っ痛!!」

無防備に振り向いたの首筋に顔を埋め、鎖骨に噛み付くとの先程とは違う声が聞こえた。噛んだ箇所を舐め上げると僅かに鉄の味が口内に広がる。

「ほら、聞けた」
「折原、それ反則」

が頬を染めて臨也を睨む。記憶に残る声に満足した臨也はこれ以上は何もしないという風に両手を顔の横まで上げた。
純粋に、楽しかった。

「また聞かせてね」
「・・・変態」





誰にも望まれないのなら、俺が望もう。