鬼兵隊隊長と真撰組監察方 1











「おい」

呼び止められた声に、振り返ってしまった。 避けることを許されない一閃、自分のもので視界が赤く染まる。刃の勢いに後ろへよろめき、途端に重くなった身体を支え切れず壁にあずけ、そのまま重力に任せ座り込んでしまった。上がる息が獣のようにヒューヒューと音を立て煩い。

「女、只者じゃねぇな」

目の前の隻眼の男が、訝しげに此方を見やる。
今回の任務は目の前の男の、高杉晋助の尾行。数週間の任務故、普段の隊服ではなく町娘のような着物で一般人を装っていたが、斬られる直前、無意識に致命傷を避けてしまった。変わったのは即死か瀕死の重傷かと僅かな違い。次は逃げられない。しかし目の前の男は止めを刺す事なく私を黙って見下ろしている。通行人などまず来ない薄暗い路地なので一般人に見つかることはないだろう。こまめに行なっていた定時連絡が無いことに気付いてくれるのが先か、私が事切れるのが先か。 視界が霞む。薄れゆく意識の中、目の前の男が笑った、気がした。





鈍痛と共に意識が浮上する。どうやら生き永らえたようだ。
傷の手当をされ、布団にくるまっている感覚に、一先ず安堵した。痛みが鈍いのは鎮痛剤を使われているのだろう。目を開けずに感覚のみで周囲を探ると知らない部屋だった。真選組の内部は全て把握しているが、今いる場所はそのどこにも当て嵌らない。

「起きたか」

気配で覚醒を気付かれていたようだ。ゆるゆると目を開き視線を声の方向にやると、艶やかな着物を身に纏う男がいた。何故、助けた。そう言おうと口を僅かに開いた途端、手を当てられる。

「そうか、声が出ねぇのか」

私の目を見て、目の前の男はそう言った。驚き、そして視線を鋭くしている私を見て口の端を持ち上げ、さらに続けた。

「記憶も無い様だな」

目の前の男は視線のみで私にも自分の発した言葉の内容を強いる。脅迫に近いそれに真意こそ見えないが、命を握られているので言う通りにした。この男は何を考えているのだろう。





訳が解らない。
目の前で紫煙を燻らす男は、私を口の聞けない記憶喪失に仕立て上げてまで傍に置いた。懐刀も手帳も奪われている。時間からすると私の正体などとうに暴いているはずだ。しかし敵に囲まれている今、生き延びる術は目の前の男の演技に付き合うしかない。言いなりになるのは癪にさわるが、真撰組の為にもここで死ぬわけにはいかない。
筆談の為に、と用意された筆と紙で文字を書く。目の前の男も敵なのだ。この三文芝居を所望した張本人であろうと敵陣で容易に演技を解く事がどれだけ危険か承知している。否、張本人だからこそ、最も芝居を続けなければならない相手なのだ。

「『何故』か・・・お前に言う必要など無いが、敷いて言えば暇潰しだな」

動揺より、納得が大きかった。生かされている理由などその程度なのだろう。

「声と記憶がない限り、お前の命は保障してやる」

手を頬に当て、そのまま滑らされ顎をクイを持ち上げられた。
男の顔が近付く、添えられた手は力強く動かせない。は互いの息がかかるところまで来ても目を逸らさなかった。唇を塞がれても表情ひとつ変えず、ただ、咥内に侵入た舌に咬みついた。

「いい度胸だ、気の強い女は嫌いじゃねぇ」

口の端から流れた血を拭うこともせず、の両手を纏め上げ畳の上に縫い付ける。
肌蹴た着物から覗く白い肌、鎖骨の下に咬みつき鬱血痕を残す。女だてらに密偵をしていただけあって腕力は一般人の比ではない、片手だと不意を突かれれば振り払われる。
抵抗の意思は示すものの芝居を続ける。滑稽に思えるが、彼女の立場では最善策だといえよう。着物の裾を捲ち素足に触れれば流石に焦りはしているものの、瞳の色は強い意思を湛えたまま濁ることはない。
真撰組監察方、
不審な女が周辺を探っている事までは調べがついたものの一向に尻尾を見せる気配がなく、腹いせに斬った町娘が妙な避け方をしたことからようやく彼女が狐だと気付いた。手駒にはならないだろうが人質にはなるかもしれない。瞳の強さが気に入り、命と引き換えに側に置いてみたが、彼女の瞳を見た途端自分の中に別の欲望が湧き上がっているのを感じた。
彼女を恐怖で汚したい。
身体を繋げることでもなく、心を欲するわけでもなく。人殺しの集団には決して存在しない筈の、真撰組に身を置く時点でありえない筈の。その澄んだ瞳を堕としてみたかった。腿の内側をなぞる手を上へ動かせば足の付け根までたどり着いたというのに、彼女の瞳は陰ることなく高杉を見つめていた。

「いい眼だ」





狂喜を孕んだ瞳を見ても怖いと思わなかったのは私が狂っているから?それとも・・・

(→No.106 透明な絆)