三年になるまでに卒業に必要な単位はほぼ取り終わったと聞いた。元から日本画科の校舎から出る事の少ないだが、最近は特にその傾向が強く、いくつかの出展期限も重なり毎日学校には来ているものの、ずっと教室に籠って絵を描いているらしい。らしい、と言ったのは花本のヤローがニヤニヤ笑いながら教えてくれた。甘いものの差し入れも、お茶に誘われることもない。木だろうが金だろうが彫っている途中に後ろを振り向いても誰もいない。 「森田さん、どうしたんですか?」 顔を赤くしたにどうしたって聞かれた。二人きりの会話は別に不思議じゃない。互いに友達と呼べるものがいないわけじゃないが共通の友達というものがいない事に真山によって気付かされた。そうじゃなくて、今彼女が問うているのはそこではない。いつも、と遭遇するのは廊下だったり彫刻家のある棟だったりして、此処で会ったのは初めてだ。そう言えば俺はどうしてここに来たんだろう。校舎だって遠いし来る用事も無い。ただ、最近顔を見てないと思ったら、自然に足がこちらに向いたのだ。 何も言わない俺に不思議に思ったのかが首をかしげる。その仕草カワイイ。 「そうだ、もらい物ですがバームクーヘンがあるんです、一緒にどうですか?」 「もらう」 「お茶淹れてきますから、ちょっと待っててくださいね」 勧められた椅子に座り彼女を待っている間、書きかけの絵を見る。完成していないのにその絵はもう彼女の特徴が滲み出していた。 「知ってました?裏庭の薔薇がこの時期一番綺麗なんですよ」 「摘んでこなかったのか?」 「朝露が乗っているところが描きたかったんで、ちょっと早起きしてスケッチしてきたんです」 にっこり笑って彼女が常に持ち歩いているスケッチブックを見せてくれる。数ページに渡り様々な角度から描かれた薔薇が、朝露を浴びてキラキラ輝いていた。もう一度立てかけられた絵に視線を向ける。スケッチや完成した作品は時折目にするものの、未完成の初めてだったりする。この絵が完成したら、きっと描かれた薔薇も喜ぶんじゃないかと思った。 「こっちは途中なんで、見ないで頂けると嬉しいです」 「何故だ?」 「その・・・何ていうか、恥ずかしいんです。未完成の作品とか、過程を見られるのが」 頬を染め俯く姿を見ると、本当にそうなのだろう。もしかしたら彼女が此処からあまり出てこない理由もそこにあるのかもしれない。 「来ない方がよかったか?」 「そんな事ないです!あ、その見られたいわけじゃないんですけどいつも森田さんの創ってる姿見せてもらってますし最近お会いしてなかったなーなんて考えてた所でしたし・・・」 わたわたする彼女に俺もびっくりしてしまい、更に言われた内容にもう一度びっくりした。はというと自分の言った事にさっきより顔を赤くして俯いている。彼女のお気に入りのマグカップの中身に波紋が立っている。 「」 「は、い・・・」 いつものおっとりとしたもイイけど、こうやって真っ赤になってドキドキしているもカワイイ。真山はの事を『深窓の令嬢』なんて言ってたけれど、のどこをどう見たらそう言えるんだ。だからアイツは女を見る目が無いんだよ。 「俺は、寂しかった」 言うだけ言ってバームクーヘンを頬張る。そうさ俺が今日来たのはに会いたかったからだよの淹れる茶は美味いけどお茶請けは必ずあるけどそんなんじゃなくて俺はお前に会いたかったんだ。 は目を丸くしているが俺だって自分にびっくりした。これ以上何か言ったら余計な事を言ってしまう気がしたしそんな事になれば恥ずかしくて死んでしまうからバームクーヘンが無くなっても俺は一言もしゃべらなかった。 結局そのあとまともな会話をしなかったが、正直二人きりの空間を久々に過ごせただけで充分だった。 「森田さん」 「ん?」 「今日は、来てくれてありがとうございました」 帰り際、微笑むを見たらこうやってこちらから足を運ぶのも悪くないと思った。恥ずかしいから絶対に言わないけど。 「が寂しいなら、また来る」 照れ隠しに自然に零れる笑顔を必死に抑えて横を向きながらそれだけ言った。 「・・・寂しいので、また来てください」 俯いたからは、彼女がどんな顔をしてその言葉を紡いだのかはわからなったが、小さい耳を真っ赤に染めているのを見て、頬に色が伝染した。 「うおおおおおおお!俺は寂しくない寂しくない寂しくなんかないんだあああああ!!」「何叫びながら走ってんだ、森田さん・・・てあっちは日本画科の校舎・・・ほほぅ」 |