「、朝だよ」 微睡んでいる私の耳に聞きなれた心地良い声が響く。 自分より少し幼い声だが、甘えるのではなく、甘やかすような声。 普段と違うのは、その声が頭上からではなく真横から聞こえてくること位で・・・ 「何で私のベッドに入ってるの・・・?」 「やだなぁ、昨日の夜、僕を部屋に招き入れたのは君じゃないか?」 「だって・・・あの時は貴方、人間の姿じゃなかったから・・・」 「いいじゃないか、どんな姿だろうが俺は弟なんだよ。ね、愛してよ」 「わ、私の弟は双子だけよ・・・貴方は・・・弟じゃないわ・・・」 「本当に?」 彼は私の弟として、家にいる。それが、昔からなのか、最近の事なのかもう思い出せない。 彼の光を吸い込む漆黒の瞳を見ればみる程、曖昧になっていく記憶。 漆黒の髪、漆黒の瞳。私にも両親、兄弟にも無いその色は、初めて見た時、とても怖かった。 初めては、いつだろう。 彼の深い双眸に見つめられると、くらくらする。この人は誰?弟。そう、私の弟。いつから?昔から・・・違、う・・・?いつ・・・から? 「本当、よ・・・クロエ」 霞の中を彷徨う記憶の渦からようやく救い出した真実を途切れ途切れ紡ぐに、クロエと呼ばれた男は楽しそうに笑う。 「残念だなぁ、不安定とはいえそのケタ外れの魔力の所為で、にはイマイチ暗示が掛からないんだ。双子もまだ幼くて暗示が効かないし・・・」 口の端をもう少しだけ上げ、彼は続ける。 他の人間は、全員掛かったのに・・・ だから私はこの事を誰にも喋れないのだ。 相談しようにも、両親をはじめ近所のおじさんもおばさんも、学校の友達も先生も皆彼が私の弟だと暗示を掛けられている。私や双子の言葉になど耳を貸さない。以前は反発したが、私の記憶がおかしいと言われ病院へ行く事を勧められるし、未だ彼を兄と認めない双子はまだ幼いからと一蹴されている。 「決まってるだろう?に愛されたいだけさ」 そう言うと彼は、私の上に跨った。逃げたくても金縛りにあった様に動けない。実際、本当に彼がそういう魔法をかけているのかもしれない。 瞳の奥が、獰猛な獣の色をしていた。 「止めて・・・」 「イヤだといったら?」 首筋に歯が当たり、ゆっくりと力が込められていく。 吐息が熱い。舌が当たる。 「ねぇ、。兄弟じゃないのなら、こういうことをしてもいいかい?」 「い、や・・・イヤアッ!」 パチィッ キャインッ! 突然、ベッドの上で火花が散り、クロエはベッドの上から勢い良く飛ばされた。途端に自由になる身体。床に叩きつけられた彼をみると、そこに彼の姿は無かった。 変わりに床にいるのは大きな黒い、犬。 以前、同じ様なことが起こった時にも彼はこの姿になった。強い魔力に当てられた時、彼は本来の姿に戻るのだ。 私は自分の意思で魔法を使えないが、こういう本当に身の危険を感じた時、魔法が暴走してしまう。身を守ることが出来るのだが、自分で力を制御できない、危険なことだとわかっていても、今の私にはこれしか術が無いのだ。 「?どうしたの?物凄い音がしたけど・・・」 「ママ・・・」 ノックをせずドアを開ける母を見て、それから犬の姿になってしまったクロエを見たが、彼は床に座ったままではあったが、既に人の姿になっていた。 「何でもないよ母さん、姉さんを起こそうとしたら寝ぼけた姉さんが僕の事蹴っちゃっただけだよ」 「あらあら。ダメよ、女の子はもう少しお淑やかでないと」 「・・・ごめんなさい、ママ」 「クロエ、双子たちも起こして頂戴」 「はーい」 朝食の支度途中のママはキッチンへ戻り、クロエもその後を続く。閉めかけたドアから除く顔は、弟を演じているときよりと少し、目が違う。 「姉さんも早くおいで」 捕食者の、色だ。 緩やかに崩れてゆく日常に抗う術を私は知らない。 |