平和島静雄のバーテン服の由来を知っているだろうか。 彼がバーで働くことが決まった時、彼の弟が今度こそ辞めないようにと大量に送ってきたからだ。肝心のバイトの方は天敵、折原臨也によって逮捕されたと同時にクビになってしまったが、バーテン服だけは未だ大切に着続けているのだ。さて、彼がバーテンダーのバイトを始めた理由を知っているだろうか。彼と来神高校時代に交流のあった同級生が、自分の仕事先を紹介したのがきっかけだ。彼の出来た弟は兄の就職を手助けしてくれたお礼にと、仕事を紹介した彼女にも同じデザインのバーテン服を贈ったのだ。既に俳優としてかなりの額を稼いでいた彼が中途半端な品を兄の恩人に贈る事をするわけが無く。自分の店を持った彼女は未だにそのバーテン服を愛用している。 「という事実を俺は昨日初めて知ったんだけど。確かににそこまで種類がある服ではないけから気にも留めたことが無かったよ。シズちゃんが常に着ているのが異常なだけであって本来バーテン服というのは君のようにバーに勤めている人間が着用するものだろう?まさか君も幽君から贈られていたとはね。ここは別名情報屋の治外法権なんて呼ばれているけど今回だけは流石に情報屋を辞めてしまおうか本気で悩んだよ」 「辞めたらどうですか?」 「残念ながら無理だね、少なくとも今は。本当いいトコロなんだよ、君も知っているだろうけど一介の高校生が池袋の大人も化け物も巻き込んで大きな抗争を起こそうとしている。彼にはそんなつもりはないかもしれないけれど、あれは戦争に近いものがあるね。随分と楽しくなってきたのに今更最高の観客席を退く訳にはいかないよ、、君も来るかい?」 「遠慮します」 「それは残念」 正直、臨也に言われるまで忘れていた。店を継ぐ前にいくつかの店で修業をした際、何度か平和島にバイトを紹介した覚えがある。ある日突然熨斗と共に送られてきたバーテン服に驚きはしたが、礼以外にこれといった他意がなかった事と、質の良さに惚れて今でも店に立つ時に着用している。 「お店、閉めてもいいですか」 「どうぞ」 折原臨也がこの時間にここにいるのもおかしいが、本来ならいる筈の常連も含め、客が誰も来ないのもおかしい。おそらく彼が何かしら細工を施していのだろう、一筋縄ではいかない男の相手をしながら店を開け来ない客を待つのは得策ではない。外看板を外し半地下の店へ続く階段の灯りを消し、店の中の照明を強にする。客同士の顔が見えないようにするためにギリギリまで落としているが、細かい埃を見逃してしまわないよう、準備の時には必ず光量を上げている。 臨也は出されたカクテルを静かに飲んでいる、今回もお気に召して頂けたようだ。 「この店は結構貰い物で成り立っているんです」 「へぇ」 臨也との年に一回あるかないかの沈黙、根負けしたのは私だった。袖をまくり洗い物をしながら独り言も取れる会話を始める。 「幽君のバーテン服もそうですけど、外看板は私が継ぐと決まって一週間もしないうちに京平が贈ってくれました。新羅には酒蔵の紹介を貰いましたし、静雄は改築の時に一枚板のカウンターを持ってきてくれて。流石に驚きましたけどしっくりきますよね」 臨也の視線が、感情の読めない微笑みに背中に寒気が走る。どうしても整った臨也がかんばせに笑みを張りつかせていると、仮面にしか見えない。おそらく虫の居所の悪い彼に聞こえない様、ゆっくり深呼吸する。 「アイスピックやソムリエナイフは恐ろしく手に馴染むものを贈られたし一緒に入っていた折り畳みナイフは護身用として常」 「・・・ようやく自分の身を守る気になったのかい、それは殊勝な事だ。、君はこの俺、情報屋折原臨也の唯一の治外法権と言える情報を持っているんだ、望む望まないに拘らず大きい事件に巻き込まる可能性が一般人とは比べ物にならない位高い。 「最近は貴方の妹君の通う道場にもお邪魔している。二人とも変わらないが、ここに来るのは二十歳を過ぎてからだと何度言っても聞き入れてくれないのですが」 「は入っていただろう?」 「カウンターの内側にですが。作った時に確認程度の味見をしていただけです」 「それも立派な法律違反だね、いいの?そんな事俺に言っちゃって」 「まぁ、あなたになら弱味を見せてしまうのは問題でしょうけど心配はしていません」 「臨也」 「はい?」 「、君はいつになったら俺の名前を呼んでくれるの?」 音もなくカウンターの内側に飛び込んできた臨也に耳元で囁かれ、驚いて思わず拭き掛けのグラスを落とす。床に着く前に受け止められたグラスを置く音で我に返った。 「ねぇ、」 振り向く事すら出来ない。耳に届く声が身体全体に響いて、芯が熱くなる、心が揺さ振られる。 「どうして、俺の事だけ、名前で呼ばないの?」 恥ずかしいから無理なんです。一体いつになったらそれを言えるのだろうか。 全てお見通しのこの男は、私の口から聞くまでこの三文芝居を続けるのだろうか。 同じ服にも、二人を分かつ木の板にすら。 |