この激情を彼女は知らない。 乾いた喉を潤す水のように、時折訪れる飢えを満たすために触れる時のみ、彼女は咽返る程甘い香りがする。それは普段の戯れでは得られない。はじめは幻覚だと一笑した。しかしそれはまるで麻薬の中毒症状のようで。長時間の餓えに耐えられない。しかも最近、その間隔が短くなっていく。 臨也笑われる事を覚悟して知り合いの闇医者に相談しに行った。 彼は笑わなかった。真面目な顔で、世の理を伝えるかのように臨也に伝えた。 「それが恋だよ」 認めたくなかった。 折原臨也は人間を愛している。 混沌を招き、感情を晒し、陥れ、皮一枚下にある本来隠されている醜い思い、激情すら愛しいと思う程に。 例外は二人。一人は男、もう一人は女。どちらも高校時代に知り合った。 男については周囲に知られる関係で特に追記する点は無い。問題は、女の方だ。 臨也は仕事相手は勿論、近づく人間、興味を持った人間は一人残らず執拗に調べ上げていくのに、彼女に対してはそういう事を一切したことがない。今まで、一度も。高校時代からの付き合いだから、家族構成や当たり障りのない生い立ちなど最低限の事は知っている。興味がないわけではない、が、彼女の情報は、彼女の口から出たこと以外知らないのだ。 だから、彼女の食べ物の好みは知っていても住んでいる所は知らない。仕事の内容は知っていても、勤めている会社の名前を知らない。臨也はただ、彼女が呼んだ時に来てくれればいいのだ。 それだけの関係だったのだ。 最初に身体を重ねたのがずいぶん昔のように思える。肉食獣の様に私を貪る男と私の関係は、友人。多分。 非合法な仕事をしている自覚があるのか、一般人の私がいる間、彼は一切仕事をしない。ひっきりなしに鳴る携帯の電源を切って放り投げていた事もある。彼の職業は街噂で知った。情報屋、折原臨也。池袋で関わってはいけないといわれる二人が、実は高校の同窓だと知られたら、きっと今の職場にはいられないだろう。時々、公園にいる平和島とたわいも無い話をしたり、その延長で知り合った首の無い彼女とも実は友人だということは池袋での平穏無事な生活にはあってはいけなかったりする。失くすつもりもないが。 平和島の強過ぎる力は間近で見たことがある。セルティのヘルメットの中を見たこともある。だけど、折原の情報屋らしい所を見たことがない。街で見かけても、すれ違っても、彼は他人の振りをする。 そんな折原に、時々呼ばれる。すぐ行く時もあれば、残業が続けば数日後の真夜中に訪れる時もある。鍵を渡されているが、一度も使ったことはない。居なければ帰り、次の日に行けばいいだけだ。高校の時から変わらない笑みで迎えられる事もあれば、靴を揃える間もなく腕を引かれ寝室へ連れ込まれた事もある。大抵そういう時はひどく乱暴に事が進むが、今まで傷付けられた事は一度も無いのだ。心も、身体も。 「はさぁ、どうして俺に呼ばれると来るの?」 後処理を終えて着替え始めたに、ズボンだけ穿いてベッドに腰掛ける臨也が視線をドアに向けたまま口を開いた。は少し驚く。こういった話、というか事後に会話する事自体珍しい。 「・・・折原が呼ぶから?」 「そうじゃなくて。あー、もう。これだから君との会話は面倒なんだ」 くるりとこちらに顔を向ける折原の顔が少しイラついて見えた。けど、何かいつもと少し違った。 「、今の関係に不満はある?」 「どうしたのいきなり・・・っ!」 正直、折原に求められているのは、都合の良い身体だけだと思っていた。本当にそれで良かったのか、今更そんな事を問われても。腕を引かれ強く抱き締められ耳元で彼の想いが音となって私に届いて初めて、私は彼の中の私の位置を知った。この先一生求めるつもりなどなかったのに。 「好きだ」 「うん」 「が、好きなんだ」 「うん」 「呼んだときだけじゃなくて、いつも、傍にいて欲しいんだ」 「・・・うん」 私は、今までの関係に不満は無かった。 でも、これからの始まる関係に、不安は無かった。 「さっきから"うん"しか言ってないけど・・・本当にわかってる?」 「うん」 「だから・・・」 「好きだよ」 「好きだよ、折原」 |