オリジナル











「はいこれ」

偽物の弟に突然小瓶を渡された。魔女が使ってるようなおどろおどろしい色形ではなく、透明なガラスにコルクの蓋といういたってシンプルなもの。
渡された小瓶は二つ。それぞれ透明な液体と、白いキラキラした砂のようなものが入っている。

「クロエ、これは?」
「法儀式済の聖水と塩」
「へ?」
「一応持っておいて」

この二つを何故悪魔である彼が持っているのだろう。それよりも、私に渡す理由がわからなかった。
ただ、彼が普段決して見せない真剣な目をしていたから、拒否する訳にもいかず。数日間身に付けても何も起こらなかったので、そのまま身に付けていた。それが今、役に立つとは思いもよらなかった。





今日もいつ通り、偽りの生活が始まるだけだと思っていた。偽りの弟、それを日常と認める私と双子の弟以外のすべての人に植え付けられた偽りの記憶。偽りの学校生活。
学校へ着くと、皆の様子がおかしい。普段の偽りの学校ではない、何かがもうひとつ、ずれていた。
クロエの暗示で、彼を私の弟と思っているのではない。別の、何かが違う・・・
クラスメイトの一人が私に近づき、肩に手を置く。びっくりして咄嗟に振り払ってしまった。手の持ち主に謝ろうと周りを見渡すと、いつの間にか囲まれていた。違和感が恐怖に変わる。皆目は虚ろで、クロエに強い暗示を掛けられた時と同じ顔だ。

「何・・・?」

後ろに下がるだけ、皆が近付く。嫌な予感がする。握っていた小瓶を開け、咄嗟に中身を振りまいた。





本当は、ただの水と塩だと思ってた。





一滴でも、一粒でも触れた生徒はと、身を裂かれる様な悲鳴を上げ倒れていく。
崩れ落ちた生徒は上げる悲鳴とは裏腹に憑き物が落ちたかのように穏やかに眠る姿に安堵を覚えるが、それでも自分を囲む生徒の人数は一向に減らない。
じりじりと、後ずさりながら教室を出て、廊下を駆け出した。
他の教室からも生徒が出てくる、皆、私を見つけると追いかけて来た。

「助けて・・・」

何で、私だけ。
理由などとうにクロエから教えてもらっている。人の身体に見合わない程大量の魔力を持っているからだ。こんなものがあるから狙われるんだ、こんなものがあるから周りの人達を巻き込んでしまうんだ。私が持っていても必要ないのに、どうして私はこれを手離さないのだ。今まで、ずっと狙われていたのに。

「助けて・・・クロエ」

なんで今、私は彼の名前を呼ぶのだろう。





ガラスが割れる音に、立ち竦む。窓ガラスを破って目の前に飛び込んできた大きな黒い塊。それは私を庇うように追ってきた生徒との間に入り、低く唸る。こんなに大きな獣、私は一匹しか知らない。

「クロエ・・・」
『姉さん、捕まって』

太く逞しい首に腕を回し、無我夢中でしがみつく。しっかり掴んだのをクロエが確認するや否や、足が地を離れ、突然の浮遊感に思わず目をつむる。強い風の音が一瞬聴覚を支配したが、すぐに止んだ。

「姉さん、とりあえず大丈夫だから」
「・・・」

突然の出来事に頭がついていかない。生徒に囲まれた恐怖に震えが止まらない。
何故こんな目に合わなければならないの?何故、クラスメイトから、全校生徒から追われなければいけないの・・・

「姉さん・・・姉さん、マリー!」

聞きなれた声が、私を呼ぶ。

「クロ・・・エ?」

声の方へ目をやると、クロエの顔が目の前にあった。力が入らず、重力に従っていた身体は、いつの間にか人型となったクロエが支えてくれていたのだ。

「姉さん。首、ちょっとだけ緩めてくれない?」

ちょっと苦しい、と言われて初めて気付いた。
私は横抱き、いわゆるお姫様だっこの状態で私はずっとクロエの首にしがみついていたのだ。

「えっ、きゃ・・・」
「あぁ、別に降りなくていいから、密着してていいんだけどというかまだ離れないで、危ないから」
「え・・・どういう」
「本当は家まで飛びたかったけど、ちょっと相手が悪すぎる」

よく見ると、ここはまだ学校の屋上だった。校内には、操られた生徒がまだ沢山居るのに、クロエの脚力なら、きっと家まで一瞬だった筈なのに。

「聖水と塩、まだある?」

私の身体を地面へゆっくり下ろしながらクロエが聞いて来た。

「あるけど、あんまり・・・」
「わかった。残ってる聖水は全部頭からかけて、塩はコレと混ぜて自分の周りに途切れない様に円書いて・・・」

そう言ってクロエに渡された袋に入ってたのは、その辺で売ってる天然塩に、さざれ石になった水晶。何が起こっているのかわからない私は、大人しく彼の言う事に従うしかなかった。

「法儀式済の塩が残っててよかった。姉さんはこれで暫く安全だ」
「待って、私はってどういう事?」

水晶の混ざった塩の円から身を乗り出そうとすると、手で制される。そのままこちらへ近付くクロエの手が、私にたどり着く前に火花に阻まれた。円の真上で。クロエの指先に火傷の様な痕が出来ていた。

「クロエ!」
「心配しないで。即席だけど、これで暫くは持つ。生徒は僕が助けるから姉さんはここで待ってて」

そうだ、この男も、魔族なのだ。私の魔力を狙って、私の日常に溶け込んできた。
でも、どうして私を助けようとするの?

「出来れば目をつむってて欲しいな。魔族同士の戦いなんて見ない方がいい」

クロエは手を上げ、そして下ろした。その行為を不思議になど思わない。いつも彼は私の頬を撫で髪をすくい、キスを落とす。
目の前にいるのに、触れられないのだ。





優しい瞳を向けられる理由を私は知らない。