( No.083 曖昧な場所で ←) 太陽が高く昇ってから目をさまし、ブランチを食べる。夜は彼女の城で仕事をし、明け方に帰って彼女と共に眠る。店が休みの日は彼女の自宅にある山のような蔵書をソファの横に積み上げ読み漁る。つい数か月前まで規則正しい生活をしながらヒーローとして忙しく動き回ってたのがが嘘のようだ。この生活に慣れてしまえば二度と戻れないだろう。 思考能力が鈍り、ゆるやかに腐敗していくのも悪くないかもしれない。 「おはようございます、さん」 「おはようバーナビー、よく眠れた?」 既に起きていたはブランチの用意をしていた。彼女と一つのベッドを共有してもうすぐ五ヶ月になるが、彼女の眠る姿をバーナビーは未だに見た事がない。 「トーストに塗るジャムはイチゴでいいかしら?」 「えぇ、構いません」 カリカリに焼いたベーコンとポーチドエッグ、横の瑞々しいサラダには彼女の手作りドレッシングがかかっている。真っ赤なイチゴジャムは宝石のようにキラキラと輝いていた。 キツネ色に焼かれたトーストはバーナビーの気に入ったパン屋で、そこが好きだと呟いてからは毎朝そこに買いに言っている。 黄身のトロトロ具合も、ドレッシングの塩加減も、自分にも好みがあるという事を全部の家に来てから思い出した。 食事を大切にしている所がよく似ている。 不調に気付いてくれるのも、おせっかいとも言える優しさも全部、は彼に似ていた。 「虎徹、帰ってくるって」 「え?」 心の中を読まれたのかと思ってドキリとした。それから彼女の言葉を反芻する。カチャン、紅茶に添えられたスプーンが音を立てて落ちた。カリ、シャクシャクとがトーストをかじる音がやけに耳に残る。虎徹さんが、帰ってくる?この言い様では、この街にと言う事ではない。の方を見ても、彼女が嘘や冗談で言っている訳ではないとわかる。 「歳も歳だし能力一分に縮んでるし二軍からだって言われたらしいけど、それでもいいんだって。戻れるって喜んでたよ、アイツ」 彼女の目がとても優しい色をしている。愛しいものを見つめるように、バーナビーを見つめていた。 「バーナビー、貴方はどうするの?」 彼女の問いにバーナビーが直ぐに反応出来なかったのは、自分がどうしたいのか自分の中で答えが用意出来ていなかっただけではなく、気付いてしまった事実に驚いてそれどころではなかったからだった。 ずっと彼女と虎徹さんを重ねて見ていた。性別は違えど誰にでも優しく、僕を大事にしてくれる相棒。幼い頃に両親を亡くし育ての親に裏切られた僕にとって、彼はバディ以上の存在である事は自覚していた。彼女も、虎徹さんと同じように接してくれ、虎徹さんと同じように愛情を注いでくれた。 些細な違いはいくつもあるが、二人の絶対的な違いに気付いてしまったのだ。 鏑木・T・虎徹は男で、は女。 「で、アタシのトコに来たって訳ね」 「はい。ファイヤーエンブレムだったら彼女の好みとか、付き合っていた男性とかご存じかと思ったので」 「いいのよ、他でもないハンサムからの恋の相談なんてそうそう聞けるもんじゃないわ。会議放り出して来て正解ね」 ネイサンは口元こそ楽しそうに笑っているが、瞳はとても優しい色を湛えていた。やはり、彼女に相談して正解だったと思う。 「で、の元彼の話だったかしら?いないわよそんな男」 「え?」 「そもそもが男性を好きになったトコなんて見た事無いわ。虎徹やアントニオと一緒にいるところはよく見たけど、あの二人とどういう雰囲気になった事一度も無いわねぇ」 バーナビーは信じられないといった風に目を見開くが、ネイサンはそんな彼の反応すら予想していたのだろう。バーナビーの動揺に驚きも笑いもしなかった。 「御見苦しいところを、ファイヤーエンブレム」 「いいのよ、役に立てたようでよかったわ」 彼女の落ち着いた姿に自分がどれだけ動揺してたか高まる気持ちが落ちついてきた。 「気を付けてねハンサム、彼女の優しさは本物だけど、本当に優しい人間というのものはとても残酷なのよ」 |