暴れ馬は走らせて弱らせてから捕えるのが定石です











「しつこい殿方は嫌われますよ」

海軍に向かってそんな事が言える人間は海賊でもそういない。ましてや民間人なら尚更。
まあ、彼女を民間人といえるかどうかは今日の返答しだいとなるが、このまま行けば札付きは確定だ。

「貴方が首を縦に振ればいいのです。海軍脱走の件も不問にすると元帥から言伝を窺っております」
「じゃあ私が中将の地位に戻れば貴方はクビにしようかしら。ああ、海賊船に置き去りという手もあるわね」

海軍へ戻ればおそらく彼女は有限実行するだろう。しかし、命令を受けた以上、彼女を連れ戻さなくてはならない。シャンクスは昨日と同じ様に近くでと海軍のやり取りを傍観していた。
彼女の答えはノーだ。それは恐らく決定していたが、シャンクスはその後の彼女の動向が知りたかった。

「仕方ないですね、方法を変えさせていただきます」

少将である男が指を一つ鳴らす。それを合図に近くの民家の影から海兵が三人出てきた。彼らはそれぞれ一人ずつ、つまり三人の子供に銃を突きつけられていた。見覚えがある子供達、そうだ、が復旧作業に忙しい大人たちの代わりに面倒を見ていた子供達のうちの三人。

「おいおい、それは卑怯じゃねぇか?」
「黙れ、海賊の貴様にとやかく言われる筋合いなど無い」

思わず口を出すシャンクスを忌々しい者として扱う海軍達。ジャキンと脅す様に音が立てられ、の表情が固まる。

「海軍が罪の無い民間人に銃を突きつけるなんて、最低ね」
「正義の為の犠牲と言って頂こうか。子供が死んだら引き金を引いたのが我々でも、彼らの両親は間違いなく貴方の所為にしますね」

海軍を正義とするこの世界では、海賊である自分達は敵だ。海賊でなくとも海軍に逆らってしまえば全うな人生など送れない。は海賊でないものの、守られるだけのか弱い民衆の一人でもない。後者になりつつある存在だ。

「皆、私がいいと言うまで目を瞑って耳を塞いでて。出来れば動かないでね」

突然、は囚われた子供達に笑顔を見せた。それは海軍やシャンクスに見せた事の無い、ただただ優しい色を湛えた笑みだった。
そんなに子供達は従順に従う。三人とも目を閉じたのを確認したは表情はそのままで、瞬時に威圧感だけを膨らませ、海軍へ近付く。

「おい、・・・」
「"赤髪のシャンクス"、手出し無用でお願いできますか?」

背負われた二本の剣を抜刀し、両手に構える。歩く速度を変えずに少将に近付き右手で握る剣をごく自然に横に薙いだ。
風を切る音、そして遅れて聞こえる何かがゴトリと落ちる音。

「貴様・・・!!」

少将の首が落ちたというのに海軍側の人間は誰一人動かなかった。人質を取っている三人も引き金にかかる指を動かさない。否、彼らは動かせないのだ。は強い風を巧みに操り、全員の動きを封じていた。

「残念だわ、穏便に事を済ませたかったのだけど、人質を取られたらこういう手段に出るしかないじゃない」

風で壁を作る事は彼女でなくとも何かしらの能力者なら不可能ではない。しかしこれはそんな生易しい事ではなく、指の一本ですら動かすことを許さない。檻と呼ぶのも相応しくない。
これは、縄だ。幾重にも巻かれた強く彼らの身を拘束するのは、風の縄。形を持たず目に見えることも決して無いそれは、確かに存在している。
顔色一つ変えず、先程子供に向けた笑顔を仮面のように貼り付けたまま、動かない海兵の首を次々に刎ねる。彼女の着る白い服に返り血が一つも飛んでいないのは血を風で遮っているからか、単純に彼女の剣捌きなのかシャンクスには判別が付かない。彼女の動作は流れる様で美しく迷いが見えない、あまりにも人の命を奪うのに慣れすぎていた。















「流石、"気まぐれ"で一人で海を渡れるだけの実力は持っているんだな」
「褒めても何も出ませんよ」

血でぬらぬらと濡れた剣を死体のコートで拭い、鞘に収める。鈍い光を放つ瞳が血溜りを背にし、子供の一人を抱き上げ、もう一人の手を握り屍から遠ざけた。

「まだ目を開けちゃ駄目よ」

シャンクスがもう一人を片腕で器用で抱き上げ、の後ろを歩く。

「匂いがしねぇな」
「風向きを変えてますから、民間人、それも子供に怖い思いをさせるさせる必要などどこにも無いんですよ」

海軍よりも民衆を思う彼女は、正義の為の犠牲など許さない。
大海賊時代と呼ばれる今の世界でモノを言うのは、力。海軍将校という権力の盾を棄てたに残されたのは、自身とその身に宿す悪魔の力のみ。

「犠牲の上に立つ絶対正義など、滅んでしまえばいいのに」

それでも海軍は今の時代に必要だ。もそれを知っているからこそ、内側から海軍を潰す事をせず、海軍を離れたのだろう。
一つの大きな力を捨てて尚、強い力を持つ人間はそういない。あの"鷹の目"ですら最強の名以外にも七武海という顔を持つのだ。
それを成し遂げた人間も存在するのも事実。それが四皇。それが革命軍。そして目の前を歩く一人で海を渡る女性。
仲間を持たないという点では、彼女が一番安全であり、危険でもある。
一人で出来る力などどれほど強大であろうとも限度を見切り易い。しかし彼女がどこかに身を寄せれば、その場所は途端に力を強める。彼女一人増えただけでそこはこの海を支配する力を手に入れるのだ。

「さあ、逃げないと」
「何処へ?」

子供を親元へ返したは、既に旅支度を終えていた。海軍がどう動こうと、彼女は元からこの島を離れるつもりだったらしい。
彼女の背後を歩くシャンクスの船も出港準備は出来ていた。

「海軍を敵に回したお前が、一人で逃げ切れる程この海は甘くないんじゃないか?」
「流石に今は否定できないわ。一気ににあの人数を拘束したのは久しぶりだったから、今襲われたら少し痛いわね」
「"気まぐれ"ともあろう人間が弱音を吐くなんて珍しいな」

死体のある所まで道を戻ったので、転がった死体を適当に数えたら、五十は超えていた。港に泊まっていたのは軍艦一隻。乗組員の殆どが彼女を捕えるためにあそこにいたのだ。

「なぁ、どれくらい弱ってるんだ?」
「そうね・・・隻腕の男でも捕まえられる程度、かしら」

口調も雰囲気も歩く速度すら変えず、淡々と言葉を紡ぐ。シャンクスはそんな彼女に少し早足で駆け寄り、後ろからを抱え上げる。

「何をしているのかしら?」
「いや、目の前のお宝を海賊らしく奪おうと思っただけさ」















赤に染まる



「"気まぐれ"を手に入れるの?難しいわよ」 「まあ、回復するまでに手懐けるさ」 「精々寝首をかかれないようにしてくださいね」 「夜這いかぁ、俺は大歓迎だが?」