「新羅、貴方のお父様、帰国してるみたいね」 マンションのインターホンが押され新羅が覗くと、ドアの前に満面の笑みを浮かべるがいた。エントランスのドアを開けた覚えが無かったが、彼女ならこの玄関の鍵も開けることが出来る。それをせずわざわざインターホンを押すのは、彼女が一般常識をある程度持ち合わせているからだと思っておこう。 臨也経由で彼女が帰国していた事は知っていたが、此処に来るほどの怪我をしていないようで今日まで新羅のマンションには現れなかった。なのでこうして対面するのは実に六年ぶりになる。 しかし第一声が挨拶ではないなんて実に彼女らしくない、と新羅は思った。 セルティのいない間に荷物を取りに来た森厳が奥から顔を出し、の顔を見てヒッと声にならない悲鳴をあげ奥に引っ込んでしまった所を見て、嫌な予感がした。 「お邪魔して良いかしら」 父親の普段以上の異常な振る舞いに首をかしげ目の前の訪問者をもう一度見ると、先程より深い笑みを湛えたが新羅に有無を言わせぬ威圧感を出していた。 「・・・どうぞ、会長」 勿論新羅に拒否権は無い。自分に火の粉が降りかからないことを切に願いながら、目の前の人物を自宅へと通した。 「貴方に迷惑を掛けたくなかったんだけど、帰国していると知ったらつい報復したくなってしまったの」 「か、会長?」 「貴方のお父様、うっかり殺しちゃったらごめんなさいね」 隠れようとした森厳を即座に見つけ、自らの仕事道具を突き刺す。勿論玄関へ続く扉を背に立っているので逃走など不可能だ。一部始終を観察していた新羅だが、あまりにもあまりな内容をさらりと言う思わず絶句してしまった。が池袋を離れいてた五年間に臨也が関わっていない事は臨也本人から聞いていたが、まさか自分の父親が関わっているとは・・・ 「君それは誤解だ。君はそのハッカーとしての情報収集力とある分野に精通しすぎている事で奴に攫われそうになったのだ!・・・つまり私のした事は息子の先輩を助けようとした当然の結果なのだ。それに君こそあちらの研究施設で思う存分自らの研究に没頭してたではないか!」 「パスポート取り上げて軟禁した人間にそれを言われたくないわ。それに守ると言っても貴方も誘拐に近い形で私を連れ出した気がするのですけど?引越しの為の荷作りしてる非力な平和主義者の家に屈強な男十数人で押し入るのは卑怯じゃないかしら」 「確かに、多少強引に事を進めたのは謝罪しよう。しかしひとつ訂正させてくれ。私の連れた十数人を薬が効くまでの数十秒で意識を失わせる芸当は非力な平和主義者には不可能だ・・・よって君は非力な平和主義者などではあイタタタタタタタタ痛い!ガスマスクの隙間から私の頸動脈に君の大事な仕事道具が刺さっているぞ君!」 「・・・新羅。やっぱり我慢出来ないわ」 「いやいや会長、お気持ちは痛い程解りますが此処は俺とセルティの愛の巣なので死人が出るのはちょっと・・・セルティが幽霊とか怖がってしまうんで」 「待て新羅。実の父親より恋人が大事と言うのか!」 「ところで会長、臨也はこの事を?」 「知らないわ。教えるつもりも無いし」 「それにあいつが納得すれば良いんですけどね」 「待て新羅・・・私の事を無視「納得出来なければ調べるなり私に聞くなりするでしょう?過去の事をあれこれ言うのは嫌いなの。たとえそれで成り立って現在があるとはいえ、過去に囚われていては未来へなんて進めないわ」 「台詞を被せないでくれ・・・それにしても流石君だ。君は私のした事を水に流してくれるんだね」 スパァン 返事の変わりと言わんばかりにの右手が森厳のガスマスクに叩きつけられた。本来の平手は相手の頬を叩くものだが、ガスマスクの森厳には届かない。だから彼女はガスマスクの先端を叩き、森厳の首を彼の意を無視して強引に右へ曲げた。 「痛い!」 「流石にもう少し力を入れないと折れないわね」 まさか今の平手が首を折る事を目的としていたとは。の突拍子も無い行為に新羅の背に嫌な汗が流れる。 「ところで新羅、例の運び屋さん今日は居ないの?折角新宿から会いに来たのに」 「会長はセルティと面識が無かったんですね。彼女も興味を持ってたので今度機会を設けますよ」 「ありがとう。貴方のお父様の事はまあ、そこまで恨んでないのよ。良い人生経験が出来たし、こうして臨也の元に戻る事も出来たからね。勿論、ネブラに対してもそれなりの報復してから帰国したし」 「まさか君、去年のあの事件はまさか君が・・・」 「あら、証拠など何処にもなかってでしょう?」 確かに。 『開錠屋』、にとって鍵を開ける行為は呼吸と同じであり、依頼者の希望に沿って自らの侵入した形跡を残すことも消すことも自由自在だ。本当に証拠を残そうとしなければそれこそ証拠どころか痕跡の欠片すら残さない。 彼女の言っているであろう一年前の事件は日本にまで届いている。権力と金で直ぐに事態は沈静化したが、あの一件で矢霧製薬の吸収合併に時間が掛かったのは周知の事実だ。 「しかし、何故君は今になって日本に戻ったのかね?」 「あら、連れ戻すおつもり?これ以上私に関われば本当に命の保障が出来なくなりますよ?」 「いや、君の危険性を考慮してネブラは君を手放すことにしたようだ。研究対象外の爆弾を抱えるつもりは無いらしい」 「それは良かったわ。今こちらも手加減が出来る程心穏やかな状況じゃないもので・・・そういえば、貴方はあの男と繋がりがありましたよね」 「誰の事だね?私には知り合いが多すぎるので誰の事を言っているのか理解できないのだが?」 「私を狙い、八年前に私の腹部に穴を開けたあの男ですよ」 新羅はその傷を手当したので直ぐにいつの事を言っているのか思い出す事が出来た。しかしあの時彼女は手を庇って出来た傷と言っていたのをはっきりと覚えている。 「貴方もあの男も日本にいることですし、暫く騒がしくなりそうですね」 来神時代に幾度も見た微笑みに初めて見る感情を孕ませる。新羅は彼女の纏う空気を以前にも感じたことがある。それは裏の人間、容赦なく人を傷つけることの出来る者独特の雰囲気。しかしこれは臨也の手に拠って創られたモノでは無い。反吐は出るが、人を愛していると叫んでいるからか彼のそれはもっと生易しい。 彼は彼女が本来人間に対して抱く感情を引き摺り出す切っ掛けを与えたに過ぎない。目の前で背筋も凍る様な表情を浮かべる が昔言っていた言葉を思い出す。人を愛する事が出来ない、人を愛する努力しか出来ない。それは本当だったのだと今更ながら思い知らされた。 こんな目をする人間に、人を愛する事など出来るのだろうか。 |