「寝れば?」 彼女が開錠の仕事で外出する仕事以外に夜更かししているのは珍しかった。波江もとっくに帰宅しているのでマンションにはと臨也の二人きり。とはいえ特に何かあるわけではなく各々仕事をしているだけだが。普段なら日付が変わる前に寝室へ向かうだが、期限の迫った仕事の所為でまだパソコンに向かっている。 「明日にはこの会社防衛システムが変わるのよ。今日の九時までに終わらせないと一からやり直しになるなんて冗談じゃないわ」 不機嫌なを眺め、本当に珍しいものを見たと臨也は思った。日の出ているうちはパソコンに向かい、夜は金庫の開錠を受けていたの睡眠時間はここ一週間だけを見れば臨也の半分にも満たなかった。彼女の仕事を仲介する臨也とて彼女を過労死させるつもりはなかったが、一つの案件・・・今現在彼女の機嫌を損ねているプログラムのハッキングが思った以上に難易度の高い仕事だったらしく、は日に日に苛立ちが言動に滲み出てきていた。勿論、臨也の前だけでだが。 「そんな頭で仕事してたらいつまで経っても終わらないよ。まして七時間後なんて、無理に決まってるじゃん」 「普段なら二時間もあれば終わるわよ、こんなプログラミング。足跡残すなって簡単に言ってくれるけど結構骨の折れる仕事なのよ」 「二時間で終わるの?」 「気力と体力が絶好調なら一時間あれば終わるわよ。全く、こんなレベルにここまで時間費やすなんて初めてよ」 「俺か波江を使えばよかったのに」 「波江さんは貴方の助手でしょ?臨也に手伝って貰うと早くても見つかるのよ。そしたら依頼内容がきちんとこなせないわ」 「は相変わらず強情だねぇ」 そして途切れる会話。臨也は自分の使っていたパソコンの電源を落とし、キッチンへと足を運んだ。は会話を止め、再びキーボードの音が部屋に広がる。 「ほら、コレ飲んで落ち着きなよ」 臨也が背後に来た事すら気付かなかったは驚いたように振り返った。手に持っていたのはマグカップ。中身はホットミルクだった。眉に皺が寄ることは無かったが、声に僅かに呆れの色が混ざっていた。 「夏にホットミルクって微妙なチョイスよね」 「前に好きだって言ってたじゃないか」 確かに以前ホットミルクが好きだと言ったが、それはまだ高校に通っていた時の話だ。は改めてこの男の記憶力のよさに脱帽する。そしてこうやって些細な事を覚えていてくれるということは、同時に外国に行っていた六年間彼に興味を失われることが無かったのだ。彼は興味を失った対象に関する記憶を失くす。 「ありがとう、臨也」 「じゃあ、七時に起すね」 「何故?終わるまで寝れないわよ」 「大丈夫だよ、」 何に対して臨也は大丈夫と言ったのだろうか。しかしその疑問は首を傾げる前に答えが現れた。 突如襲う眩暈にも似た症状。強引に睡魔に引き摺りこまれる。 「何、を・・・盛った、の?」 「嫌だなぁ、俺がに危ない薬を飲ませると思ってるの?俺が入れたのは只の睡眠薬さ」 此方を睨みながら椅子から崩れ落ちそうになるの体を臨也は支え、そのまま抱き上げた。 「おやすみ、」 完全に眠りに落ちた彼女に届く声は無かった。 それで良かった。 「愛してるよ」 勿論、人間として。 興味が尽きない彼女に対する心情は、果たしてそれだけかどうか。そんな事は臨也自身も知らないし、探ろうとは思っていなかった。大事なのは、を愛している自分がいる。今はそれだけで十分だった。 |