気付かれた時に感じた嫌悪と安堵と僅かな喜び











折原臨也に気付かれた。










入学したばかりの一年生に私を調べ上げられた事も周囲が勝手に作り上げた『人格者』という私を暴かれたのも本業の一環で使用する『七つ道具』を持っていることも『あのこと』を知られたかもしれないという恐怖に比べれば些細な出来事でしかない。きっと彼は『あのこと』に気付いたのだろう。そうでなければ私が最後の一人を倒すまでその場に留まる必要は無いし、得物を付き付けて緊張状態を与え、直後に隙を与え、自分に触れた。見事な手管に気を張り詰めていたにも関わらず反応してしまった。
彼が、近付いたことに。私に、触れたことに。










私は、人間を愛せない。
個人を好き嫌いという枠組みに当てはめる以前に、人間というものがあまり好きではないのだ。大勢でいても不愉快でしかないし、誰かに触れられるなんて以ての外だ。自分自身のこともあまり好きではない。
自覚したのは、小学生の時。みんなで手を繋ぎましょうなんて当然の様に強要する教師に吐き気がしたのが始まりだ。それは周囲からすれば異常なことできっと私に血のつながる人間が傍に居ないから人に触れるのが苦手なのだろうという周囲の勝手な勘違いな同情によりあまり深くは追求されなかった。私はそれを当たり前のように出来る周囲に驚き、出来ない自分に愕然としたのを覚えてる。
このままじゃ駄目だ。そう思った私は人を愛する努力をした。隣人を、知人を、他人を。結果から言えば努力は実り、愛せば喜ばれ、愛を返してくれた。
しかしそれは偽りの愛。私は愛する努力をしているだけで、本当に人間を愛したわけではなかった。周囲から愛を返されても嬉しいとは思えず、逆に不快感が増すだけだった。高校に入ってからもそれは続き、真っ当な手段で人間に愛を与える振りをする私は皆から見れば普通の良い人間だったのだろう。触れられることを拒絶してもそれについて深く言及されることは無く、更に上に立つということでそういう機会を極力減らしていった。
自分では解っていた。私は、異常なのだと。










それから数日後。
下駄箱に入っていた一通の手紙。放課後、体育館裏の呼び出し。ああまたかと思いつつ、鞄に手紙を入れた。名前が書かれていないので告白か決闘かはわからない。呼び出しには応じるだけだ。
結論から言えば、それは罠だった。一人の気弱そうな男子生徒に呼ばれ、体育館裏にある倉庫を覗き込んだ私は背後から背を押され、鍵をかけられた倉庫にその男子生徒と二人きりにされた。
彼は私に対して惜しげもなく愛を叫び、挙句の果てに自分達は相思相愛だとのたまい自分の愛を押し付けた。私にとってそれは迷惑以外の何物でもなく、それでもやんわりと拒否すると途端に態度を翻さし襲い掛かられた。いつもなら平手打ちで済ますが、密室状態での半端な反撃は意味も無いだろうと手刀で相手を気絶させ、私達を閉じ込める扉の鍵に触れた。
普通なら安い南京錠のかかっているような倉庫だが、私立である事と、自分の趣味のためにこの高校のドアというドアは全て内側からも鍵を使えば開けられるようになっている。

「こんな所でどうされたんですか?先輩」

これもお前の仕業か、折原臨也。扉を開けたら目の前にいた後輩にそう言おうとしたが辞めた。証拠は無いが確信はしている。ただ言及した所でボロを出す男でもないので、言うだけ無駄だろう。でもこれだけは言わせて貰う。

「あんまり、他人を巻き込まないで欲しいわ」
「大勢いた方が楽しいじゃないですか。特に先輩に関しては、ね」

人を見下した様な笑みを向けられ吐き気がする。と同時に否応無しに湧き上がる感動にも似た高揚感。
この愛を偽りと気付いた人間など今まで居なかった。彼が手を上げると同時にパチン、と音がして刃先を首に当てられた。数日前と同じ光景が繰り広げられようとしていたがは動かなかった。意外そうにわずかに表情を崩し、首を傾げる臨也。

「折原君は気付いているんでしょう?」
「何にですか?」

首筋にある刃に触れようと手を近づけると、ナイフが引かれた。以前、同じようにして手を傷つけたことを覚えているのだろう。舌打ちする音と共にナイフが仕舞われる。

「あら、優しいのね」
「俺は人間を愛していますから」

ナイフが離れても一定の距離を保つに一歩、また一歩近付く。不意を付いた訳でもないのに彼女の緊張はより一層強くなり、視線が鋭くなる。
近寄るな、目がそう言っている。それでも構わずギリギリまで近付く。距離にして十数センチの所で立ち止まり彼女を見下ろす。視線だけで殺されそうな殺気を放つ彼女は彼女自身のプライドと意地によって自分から手を出さないだけで、きっと臨也が触れた時点で構えているであろう凶器で容赦無く喉元を掻き切るのだろう。
臨也がの頬に右手を寄せる。その手が触れた時点では隠し持つ針でその手を貫こうと機会を待ったが、臨也は触れるか触れないかの所で手を止める。例え悪意があろうとも手に武器を持たない人間に、自分に触れない相手に無闇に手を出すわけにはいかない。目の前の男はそんな私の心情を理解していて自分に触れないのだ。体温を感じるほど近い距離に置かれ、それでも決して触れない指先がもどかしい。恋焦がれる相手からの接触を待つような強い、しかし同じ強さでもの場合憎悪に近い感情を持ちながら目の前の男を睨み続けた。不意に離れる手、そして同じ場所に今度は彼の唇が近づけられた。

「明日、授業が終わったあと、二人きりで話しませんか?」

全てに気付いたこの男を今すぐ殺してやりたい。