二人とも恨まれる覚えがありすぎて全部覚えていられない











「懐かしいわね」

彼女のその一言で、霞みがかっていた記憶が鮮明に蘇る。
あの時と互いの立ち位置こそ違うが、七年前、廃墟と化したこの場所で全く同じ事件が起こっていた事実を彼らは知らない。










「『開錠屋』、私達はそんな難しい事を言っているつもりじゃないのですが」

目の前の男達がこの界隈の人間ではない事は目の前の少年を人質にしている時点で火を見るより明らかだ。池袋を起点とする裏稼業の人間で彼を知らない者はもういない。まあ、彼が自らの身を売った可能性も僅かだがあるが。人質となっている折原臨也とは、そういう人間だ。

「聞けば彼は貴方と恋仲だとか。私達とてこんな手荒な真似は取りたくなかったのですよ?ただ、貴方がこの鞄を開けるのを拒否したから仕方なくこうしただけです。勿論、鞄さえ開けていただければ御二人とも無事にここから帰してさしあげますよ」

手錠を嵌められ、今まで俯いていた臨也と目が会う。理屈と都合のよい真実で固められた人を誑かす言葉も発することなく、いつもの飄々とした人を見下したような笑みも今の彼には微塵も見られなかった。唯々表情の無い面差しでを真っ直ぐに見つめている。
その顔を見ては根拠はないが理解した。ああ、彼は本当に捕まったのだと。それに対して自分の不甲斐なさを後悔しているのだ。

「解りました。鞄を開けましょう」

僅かに眉を歪ます臨也。対して喜びを隠し切れない男達。

「聡明な貴方ならそういって頂けると思っていましたよ。さあ、『開錠屋』へ鞄を渡しなさい」

の前に置かれた鞄には、とある殺戮兵器を作動させるスイッチが入っている。
それをは知っていたからこの依頼を自らから退けた。一度依頼された仕事を必ず受ける彼女は、自身の耳に依頼が入る前に仕事を選ぶ。受けたくない仕事はあらゆる手を使い依頼をさせない。
の手に入れた情報に間違いが無ければ鞄の姿をしたこの化物は解錠の手順を一つでも間違えれば作動スイッチという本来の役割を果たすことなく、半径十数メートルが焼野原となる爆弾へと姿を変える。
受け取った鞄を足元に置き、常に持ち歩いている七つ道具と男達に用意させたパソコンを駆使し、はその場に座り込んだ。
数分後、カチャリと鍵の開いた音とギイィと鞄が開かれる音がした。

「人質をこちらへ。これと交換よ」
「先に貴方が鞄から離れて頂かないと」

はその場を離れようとはせず、代わりに七つ道具とパソコンを遠くに放り投げる。ガシャン、と音がして、パソコンが完全に壊れた事が伺えた。

「これで私はこの鞄に対して何もできないわ。彼を解放しなさい」

の紡ぐ言葉は声色こそ淡々としていたが、纏う空気が先程まで目の前にいた彼女と本当に同一人物かと思えるくらい変わっていた。口元を歪ませ辛うじて笑みを湛えているが、の瞳は人間を心の底から嫌悪し、拒絶し、相手に威圧感を与え自らの意思を強引に通させる空気を持っていた。
これが彼女の本性か。臨也は初めて人間に対し恐怖を感じた。手錠で捕らわれてはいたが、掴まれていた腕は解放されていたので彼女の元へ足を進める。
臨也の方を向いたと視線を合わせても、彼女の瞳は本当の意味で臨也を見てはいなかった。今の彼女の瞳の中を見ることは、光を全て飲み込む闇を見ている感覚に似ていた。

「行きましょう」

彼女の威圧感に呑まれたのは臨也だけではない。彼女を脅していた男達とて同じだった。彼らもまた臨也同様『開錠屋』と名乗る女子高生、を侮っていた。
追手が来る前に二人が建物から外に出る。数十メートル歩いた所で背後から轟音が鳴り響いた。こちらにまで届く爆風と熱に思わず振り向く臨也に、は振り向くことをせず淡々と言葉を紡ぐ。

「アレが盗まれたって情報を持ってて正解だったわ。予めプログラムを組んで置かなければあの状況でこんなに早く開けられる訳無いもの」
「・・・まさか、あんな短時間で、しかも人のパソコンで時限式自爆プログラムを組み直して仕掛けたのか?」
「こんな骨の折れる仕事はこりごり。もう警察のおじ様方の緊急の依頼なんて受けないわ」

臨也は珍しく自分の非力さを悔いていたが、彼の中にある感情は驚愕の方が大きかった。まさか目の前にいる自分より一つ年上の彼女が、そこまで裏社会にどっぷり浸かっているとは想像しなかった。

「・・・これだから、人間は面白い」

誰に聞かれること無く呟いた。今日、彼は人生の目的である人間を愛する事は普通の人間では到底不可能だという事実を突きつけられた。この出来事は彼を助けたにとっては日常の一部と化すかもしれないが、臨也にとっては教訓となり戒めとなった。











「来たな折原臨也!お前の大事な大事な彼女はここだ!!お前が奴らに情報を流していた張本人だったんだな!!覚悟し・・・」
「ああ、本当に懐かしいよ、
「何だ?お前ら、俺の話を聞けぇ!!」
「臨也、捕まった時のあなたの気持ちが今ようやく解ったわ」
「それは嬉しいなぁ。ああ、そうそう、に傷一つでも付けたら君達の命の保障はしないから」

いつもと同じ笑顔で会話こそしているが、臨也の心には僅かだが焦りが生じていた。
は臨也の不利になる位なら、自身が傷くのも構わず臨也を守るだろう。そんな事になる前に彼女を安全な所へ移すべきだった。彼女が捕らえられたのは想定外だったが。
人間が嫌いなくせに愛そうと足掻き、渦中に身を投げ自分よりも他人を優先させる
人を愛し、人を言葉巧みに操り本性をさらけ出させるもも自分の身の安全を優先させる臨也。

「臨也」

彼女は笑っていた。あの時と同じ笑みを湛えている。

「あの時と似ているけど、やっぱり違うわね」

互いの位置が違うように、彼らもまた成長していた。浮かべられた笑みと今の言葉で彼女の本性を囲う枷が外れていることを知った臨也もまた、同様笑みを深める。さっきまで燻っていた焦燥感はもうどこにもなかった。

「勝手に話を進め・・・ぐあぁっ!!」
「まさかこの女、手錠を外しやがったのか!?」
「私は『開錠屋』。私を縛る事の出来るものなどこの世に存在しないわ」

カシャンと音がする方向に目を向けると手錠が落ちていた。を掴もうとした男の手から血が流れている。
の右手に握られているのは以前臨也が『お守り』と称し渡したバタフライナイフ。

「へぇ、まだ肌身離さず持っててくれたんだ」
「あら、恋人から貰った『お守り』ですもの」

心底楽しそうに笑う。嫌う人間を傷つけたという感覚に酔っているのか、深くなる笑みが色気を醸し出していた。七年前とは違う悪寒が臨也の背筋を走るが、七年前とは違い恐怖ではなく感動が臨也の感情を支配する。やはり彼女は面白い。臨也を愛そうとすることでは以前より他の人間をむやみやたらに愛そうと努めることはせず、愛する振りに邪魔だった本性が剥き出しになり易くなっていた。
そこからは先は早かった。臨也が予め通報したパトカーが到着するまでに殆どの人間は地に臥せっており、その場に立つのはたった二人。に近付き、彼女の頬に飛んだ返り血を指で拭いながら尋ねる。

「ねぇ、もしも君を縛るものがあったらどうする?」
「ああ、さっきの。嫌な人、格好つけた矢先にそんな話をするの?」
「だからたとえばの話だって」
「そうね・・・無かった事にするわ」
「じゃあ愛はどう?愛の形はいろいろあるけど、束縛するのもひとつの愛だよ?」
「それは私が誰かを愛することが出来たら、という事が前提になるわね・・・でもそうなればきっと私は今の私じゃなくなるわ」

はそれだけ紡ぐと、その後は何も言わず臨也を見て微笑んだ。諦めたような悲しい、それでいてそれを許しているような優しい笑み。臨也もまた何も言わずを抱き締めた。

「なら俺は、を束縛できるように愛してもらわないとだね」