嫉妬未練は醜いけれど想いはそうでもないらしい











今日取り立てに向かった先の男が、金は金庫の中にあるが、肝心の鍵を無くしたと言ってきた。その言葉にキレた静雄が男に向かって金庫を思い切り投げつけた。そこまではまあよくある非日常。
彼女がその場を通り掛かったのは丁度そんな瞬間だった。と静雄の間に丁度男が挟まれている状態だったので、静雄男が金庫ごと吹っ飛ばしてからようやく、飛んでいく男の先にいるの姿を確認した。

っ!」

慌てて駆け出すが間に合わない。避難していたトムもとは反対方向にいたので手を伸ばすことも叶わず、に男が金庫ごとぶつかる・・・筈だったが、実際ぶつかる事は無かった。
身構える暇すら無かったであろうは決して低くない障害物をひらりと飛び越え、スタンと小気味良い音を立て地面に着地した。一歩遅れてスカートがふわりと舞い降りる。スカートの端が僅かに掠ったのか、汚れを落とす様に二、三度裾をはたくと、はにっこりと静雄に向けて笑顔を作った。

「人通りのある所へ向かって物を投げちゃ駄目よ、静雄」
「・・・すみません]










田中トムは高校時代からが静雄と臨也の戦争と止めていたという話だけは静雄から聞いていた。実際、今年に入って二人を止める彼女の姿を数度目撃しているが、は笑み一つで場を収めるだけでサイモンの様に彼女自身が動いて二人の間に入り、喧嘩を力ずくで止める場面は見たことが無かった。想像も付かない。静雄のように強靭な肉体を持っている訳でもなく、彼女が特化しているのは開錠のみだと思っていた。
今日、車より速く自分に向かう金庫を難なくかわすを見て改めて彼女の反射神経における非凡を確認した。
静雄はというとを見て怒りが一気に冷めた様で、大人しくお叱りを受けている。
静雄は基本的にの前では大人しい。彼女の前でキレた事があるかどうかは知らないが、以前似たような事を聞いたとき、正座させられるからキレられないとは言っていた。彼女の前では理性の方が勝るようだ。
トムは金庫に潰され、身動きが取れないままの男に近付き、まずは合掌。それから金庫が無傷なのを確認し、に声を掛けた。

「おーい、!悪いがこの金庫開けて貰えねぇか?」
「静雄、もしかして金庫を開けるために投げたの?」
「いえ、アイツが金庫の鍵を無くしたとかふざけた事を言うもんで、つい」
「つい、何?」
「・・・キレました」

絶やされない笑顔は威圧感を纏っているというより、悪いことをした子どもを叱るようなそれに似ていた。勿論そんな事を口にすれば大変なことになるのは目に見えているので、自身の胸にしまっておく。
は金庫に近付くと、いつの間にか手に持っていた道具で金庫の鍵を触っていた。トムはの横顔を見ながら尋ねる。

「開くか?」
「歪んでないし、大丈夫だったわ」

過去形。
改めてから金庫に目を移すと、既に鍵は開いていた。素早い上に音も立たないとは一体どれだけ腕が良いんだ。

「あー、サンキュ、
「いえいえ、同級生の頼みですから。これ位どうって事ないわ」

それに、いつも静雄がお世話になってるから。と本人には聞こえないくらいの小声で付け足す。

「静雄」

不意にが後輩の名を呼んだ。
静雄は名を呼ばれてはたと気付き、慌てて手に持ったそれを握り潰す。

「すみません」
「ううん、ありがとう」










つまりはこういう事だ。
は煙草が嫌いで、静雄は彼女の前では吸わないと約束していた。以前彼女がタバコの煙に端整な顔を僅かに顰めていた事と、静雄は彼女の前で煙草を吸わないと約束していた事を思い出す。未だに静雄はそれを守っていたようだが、今回、苛立った彼がつい煙草を取り出してしまい、彼女がそれを止めた。
こんな些細な会話ですら微笑ましいと思ったトムは、ここにきて重大なことに気付いてしまった。
いつも彼は、彼女の事を『会長』もしくは『先輩』と呼んでいた。しかし先程金庫が彼女に迫ろうとした時、彼は彼女を名で呼んだのだ。不意打ちでそう呼んでしまったとあれば、以前彼は彼女をそう呼んでいたという仮定が立つ。
平和島静雄がに頭の上がらない一番の理由・・・もしかしなくても、惚れた弱みって奴か?
これこそ口にすれば命は無いだろう。気付いてしまった事に半ば後悔しつつ、トムは墓まで持っていかなければいけない秘密の増加にひとつ、溜め息をついた。