このままでいいのだろうか。 彼の事を思い出すと同時に必ず頭に浮かぶ疑問。臨也と私の曖昧な関係は、簡単に誰かに相談出来る内容じゃないので、いつも一人で考えていた。今の関係がずっと続けばいいのにと思う反面、曖昧な関係を変えたいと思っていた。ぬるま湯に浸かっていてもいつか冷めてしまう。 人間を愛し、私という個だけを愛することの無い彼に、私だけを見て欲しい。そんな愚かな事を思うようになればきっと彼は私を手放すだろう。傷つく前に離れよう、そんな馬鹿な事を思う前に。このままでは彼を好きになってしまう。もう好きになりかけているのかもしれない。だとしても、今なら傷付いてもまだ浅く済む。 「もう、終わりにしよう」 今までに何度もこの言葉を言おうとした事か。でも彼に会いに行ってもいつも何も言えずに終わる。 実際言ってしまえばあっけなかった。臨也はいつも通り目の前のパソコンから視線を逸らさずに静かに一言「わかった」とだけ言った。私が今日この言葉を言いに来たのだと知っていたみたいに。私がそう言う事が当然だったみたいに。未練が無い訳じゃないけど顔を見たいとかそういう事を思う前に急に目の前のこの男が怖くなり、握り締めていた此処の部屋の合鍵を近くの机に置くと、逃げ出すように彼のマンションを飛び出した。 が自分に好意を抱き始めているのは知っていた。それに彼女自身が気付き始めていたことも。 彼女は駒のひとつであるが、臨也の信奉者ではない。は臨也に崇拝も依存もしていない。時折何らかの理由で沈んでいる時に此処へ足を運ぶだけで、肉体関係を持つことはあるが基本的に臨也に何かを求めることはしない。にとって臨也は止まり木のようなものだった。彼女はこちらが手を差し伸べずとも常に自分の力で立ち上がる。 「だからって、勝手に俺の元を離れられても困るんだよね」 曖昧な関係のままでいたのは臨也も一緒だ。と違うのは、この関係を彼は完全に甘受していた。普段饒舌な臨也が唯一静寂と共に傍に置く存在。彼女と共有する時間に言葉はいらなかった。 だから彼女に近付く不穏分子は徹底的に排除する反面、彼女の日常生活に僅かな傷を与え続けた。は傷が深くなる前に自分の元へやってきた。 数十分前、臨也は彼女に対し些か冷たいとも思える態度で接したが、只単に彼女の反応が見たかっただけで深い意味は無かった。を手放すつもりなどないのだ。 臨也は彼女の住むマンションまで足を運び、インターホンを押す事無く自分の持つ合鍵を使い彼女の家へ侵入する。自分の思惑通り事が運んだかどうかを確認する為に。 「泣いてると思ったんだけどなぁ」 彼女の泣き顔を見てみたかった。それだけの理由で仕組んだ計画と言えないような些細な仕掛けを施した。結果としては成功なのかもしれないが訪れるタイミングが少しばかりずれたようだ。 臨也の目の前にはベッドに横たわるの姿があった。泣き疲れて眠ってしまったのだろう、顔に涙の跡があった。彼女の枕元に膝を付き、まだ濡れている頬にそっと指を這わせる。人の気配に気付いたの睫毛が僅かに震え、目蓋がゆっくりと開いた。焦点の合わない、少し赤くなった目がゆっくりと臨也の姿を捉える。 「臨也・・・?」 「ああ、寝てていいよ」 はふわりと笑った。先程あんな言葉を向けた人間に向ける顔じゃなかったからおそらく寝ぼけているのだろう。 「あのね、臨也の傍にいたいの・・・変わりたくないよ」 珍しい、というか初めて聞いたの甘えるような台詞。矛盾にも羞恥にも邪魔されない、彼女の本心。予想以上の収穫に臨也は思わず笑みを浮かべる。 「いいよ、が望むなら」 「嬉しい・・・ありがとう、臨也」 その言葉に安心したのかは臨也の指に自ら頬をすり寄る。臨也は再び閉じた彼女の目蓋に一つ唇を落とした。 今の会話を忘れたとしてもはもう、臨也を拒絶できないだろう。彼女の置いていった合鍵をテーブルの上に置き、その場を後にした。 |