大人しくなくていいからもう少しだけ待っていて











折原臨也には彼の高校卒業と同時に自分の前から姿を消した恋人と呼べる存在がいる。名は。彼の一つ上で、二年間、同じ高校に通っていた。情報屋と名乗る彼が、唯一消息を掴めない女性。日本を出た形跡しか残しておらず、また、その情報一つで彼女を探しに行けるほど彼は身軽でも無謀でもなかった。
彼女が姿を消して、三度目の冬が訪れる池袋。
外での仕事を終え、日付が変わると同時に自宅兼事務所に戻った彼は、そこで信じられないものを見た。声が出ない。ここまで驚いたのは一体いつ振りだろうと思わず思考を目の前の人間から外そうとする位、臨也は動揺した。

「・・・一体、どうして此処に・・・」

に関する手掛かりなど無かった。誰かにもみ消された痕跡ですら見つからなかった。

「久しぶり、臨也」










「パスポートの更新ついでに会いに来ちゃった」

いつも自分が座っている椅子にが足を交差させ、腿の上で両手の指を絡ませ人に有無を言わせない威圧感を持つ妖艶な笑みを湛え腰掛けていた。しかし酔っ払っている為か、凄みは以前目にしたときより些か低い気がする。それでも臨也の足を止めるには十分な威力だった
『開錠屋』を名乗る彼女に開けられない鍵は無い。酔っ払っていても腕は確かなようで、彼女によって持ち込まれたアルコールの匂いが部屋に充満していた。

「臨也、メリークリスマス!」
「クリスマスはさっき終わったよ。ってか何でがここにいるの!?あのダンボール箱何とかしてくれない?その前に今まで何してたんだよ?『会いにきちゃった』なんて昔と口調変わってるんですけどそれは酔ってるから?」
「あら?やっぱ飛行機に乗ってる間にクリスマス終わっちゃった?」

何が可笑しいのかくすくすと人を誑かす笑い方は三年前と変わっていないし、目の前の人物は間違いなくだ。

「間に合うかと思ったんだけどちょっと遅かったわねぇ」
、今まで何処に・・・」
「駄目よー。成田に降りた途端目を盗んで逃げてきたんだもの。すぐ捕まっちゃうわ」
「一体何の話をして・・・」

情報が無い、会話が成立しない。目の前の状況をいまひとつ理解できない。彼にしては珍しく苛立ちを隠せない。ようやく搾り出した言葉さえ遮る様にピピピと電子音が鳴った。自分の携帯かと思ったが、の懐から取り出した携帯が鳴っていた。日本では売られていない型だ。当たり前のように電話を取り、臨也の前で話し始める

「嫌だわぁ、もう終わっちゃったの?・・・はいはい、私も残した仕事はやり遂げますって、勿論その後逃げますけどね・・・いやいや冗談でこんな事言いませんよう・・・はい、はい。じゃあそっち向かいますんで」

が椅子から立ち上がり、立ち尽くす臨也の前まで行き、彼を抱き締めた。目の前の人間の一挙一動に思考が追いつかない。何から言えばいいのか、何から聞けばいいのか。本来なら言葉で相手を拘束し、問いただし、愛する目の前の人間の感情を引きずり出す事など臨也にとっては朝飯前に過ぎないのだが、今だけはタイミングと相手が悪すぎた。

「帰ってくるから、待っててね」

アルコールと共に吐き出された言葉は、とても甘く。
彼女は振り返ることなく去っていったが、臨也は暫くその場から動けなかった。やがてよろよろと歩き出し、彼女の座っていた自分の椅子に座る。彼女がアルコールと共に持って来た匂いが未だに充満していたが、不思議と不快では無かった。

「また俺は、君を待つんだろうね・・・」

の姿を捉えた時、驚きと同時に自身の身体を駆け巡った歓喜を臨也は否定出来なかった。
自分の中でも彼女の中でも、恋人としての契約などとうに切れたと思ってた。
だが、彼女はそのつもりではなかった、そして臨也自身もまた然り。その事実に気付いた途端、思い出されるのは彼女のいなかった三年間、自分は何をやっていたのだろう。

「あぁ、。君が戻るまでに、俺はもう少し準備をしなければいけないみたいだね」

彼女が戻るまでに用意をしようじゃないか。彼女は騒動の中に身を置いてこそ輝く事を臨也は来神高校の時、嫌というほど見せ付けられた。
自分の傍へ、池袋という街に火種を持ち込めば、そこへ身を投げた彼女は一体どれだけ輝いてくれるのだろう。強すぎる憎しみは時に愛と紙一重の存在となる。人間が嫌いだからこそ人間を愛そうとするが、臨也の手によって愛され、壊されていく人間達を見た時、どんな顔をしてくれるのだろうか。
は、臨也を愛するのだろうか。

「楽しみだ、楽しみだなぁ・・・」










それから暫くして、臨也は『ダラーズ』の存在を知る事になる。
彼女を迎える火種は、彼女自身の手で創られていた事を、今はまだ誰も知らない。