簡単に変われたらどんなに楽だろう











の朝は早い。
勿論、それは夜中に仕事が入らなければの話だが。
鍵を使わずに『何か』、例えば金庫や家などを開ける必要があるのは、持ち主が鍵を無くした時か、持ち主ではない人間が開ける時である。は主に後者の仕事を臨也から持ちかけられるため、どうしても夜中の仕事が多くなってしまう。その為、彼女が気持ちよく朝を迎えられるのはどうしても仕事の無い時になるのだ。
前者の仕事を請けない訳ではない、実際いくつか受けているし、街を歩いていると頼まれる事もある。しかし後者の仕事の方が鍵の難易度が格段に跳ね上がるのだ。『開錠屋』などという仕事を生業にしているからにはそれなりに遣り甲斐のある仕事の方が嬉しい。のそんな胸中を知る臨也が持ってくるのはいつも非合法な開錠だった。

「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、

池袋を中心に活動しているは何故か新宿に住んでいる。理由は単純、折原臨也と同居しているからだ。
最近まで外国に行っていた彼女が単純に金欠だったのもあるが、新しい住居を探すのが面倒だというのが本音らしい。立場的には恋人だし、契約も続いている。互いに問題はないと思っていたがその事を知った回りが煩かった。
一番驚いていたのは静雄だったと思う。街で会った時その話をしたら眉間に皺が寄った。










先輩、ノミ蟲と一緒に住んでいるんですか?」
「ええ、何か問題が?」
「・・・いえ」

あっさり返したに静雄の青筋が深くなる。だが彼女の前にキレる訳にはいかない。キレたら最後、この間同様正座とお小言が待っている。流石に一週間前と同じ失態は犯したくない。

「だって愛を知るためには近くにいた方がいいでしょう?」

隣にいたトムがふと会話に違和感を感じた。笑顔だけを見ていれば彼女の恋人の惚気を聞いているようだが、内容がおかしい。

「物件探しも一から家具を用意する手間も省けたし、暫くは仕事に集中できるわ」
「家具・・・まさか、一緒のベッドで寝てるんすか?」
「一人暮らしの癖にキングサイズなのよ。とは言っても眠る時間帯が違うから殆ど一緒には寝ないけどね」

彼女はこの後新宿へ戻るらしい、静雄に手を振り駅へ向かった。彼女の姿が見えなくなるまで静雄は大人しかった。逆にそれが怖かった。ここで静雄が爆発しないということは、次に取り立てに行く人間が確実に被害を被るだろう。

「静雄」
「何でしょう、トムさん」
「・・・人殺しはするなよ」

トムの指摘はあまり間違っていなかった。










情報屋という職業は憎らしい程儲かっているらしい。
臨也のマンションに住み始めて最初に思った感想がそれだった。高校時代から情報を集めていたことは知っていたが、まさかそのまま職業にするとは思っていなかった。は無駄に大きいベッドに潜り込み、サイドテーブルに今まで持っていた七つ道具を置き、代わりに本を手に取る。
自分が外国に行っている間、臨也がどういう事をしていたかはあまり関心が無かった。それではいけないと思いいくらか尋ねたが、の心を揺るがすような事は無かった。臨也もそれに気付いたのか深く話すことはしない。時折中高生位の少女がマンションを訪れるが、恋をしているというより臨也の事を信奉している感じがあった。も臨也も互いの趣味に干渉する事は無いが、流石にこれは止めさせた方がいいのだろうか。自分が似たような事をやっていた記憶が蘇る。

「悪い遊びを教えちゃったみたいね・・・」
「何のコト?」

独り言に返す声が聞こえ、本から目を離すとベッドの持ち主が寝室に入って来るのが見えた。シャワーを浴びたらしく髪がまだ濡れている。今日も徹夜で仕事をし、明け方にならないと眠らないと思っていたのだが。

「髪、濡れてるわよ」
「じゃあが拭いて」

ベッドに乗り上げる臨也の肩からタオルを抜き、頭に乗せて髪を優しく拭く。この男が自分の枕を濡らすのは構わないが、隣に寝る人間としては髪は乾いていた方が嬉しい。

「で、何の事?悪い遊びって」
「あなたに心酔している可哀想な女の子達の事よ」
「ああ、何?妬いたの?」
「そうじゃなくて、何であんな弱者を駒にするの?」

は窘めるように言うが、臨也はがあまり関心を持っていないことを知っていた。

「可哀想だからさ、彼女達は皆、家族や恋人に強い虐待を強いられていた子達なんだ」
「その子達の異常なまでの信仰心を自分に向けたって訳ね、相変わらず最低な趣味」
「アハハ、でもその台詞、にだけは言われたくないなぁ」

両腕を掴まれ髪を拭く作業を中断させられた。振り向いた臨也は口の端を笑うように歪ませ、見下すような冷たい目をしていた。

だって昔傷付いた女の子の傷を抉ってたじゃないか」
「あの子達は自分で立ち上がる力を持ってたじゃない」

の昔の『趣味』。自分と同じ位の歳の自殺志願者を探しては生に対する、死に対する恐怖を見せつけ、本当に死ぬ勇気を持っているかどうか見ていたのだ。結局、死に対する恐怖に勝てる人間は誰も居なかった。

「死ぬって逃げることよ、逃げるってずるいじゃない?私がこんなに苦労して人間を愛そうとしてるのに、愛に傷付けられた位で死のうとするのよ」
は愛に殺されたいの?」
「それ本気で言っているの?臨也」

途端にの視線が鋭くなる。臨也はそれを見て心底楽しそうに目を細めた。やはり、何処に行っても彼女は変わらない。

「『私は愛されたいんじゃないの、愛したいのよ』。だから俺を選んだんだろう?
「『愛を知った時、初めて他人に本性を見せるんだろうね。その本性を俺は見たいんだ』だったかしら。まだ見れていないんでしょう?臨也」

過去の互いの言葉を紡ぎ合う。
これは、私達が契約した時の言葉だ。

、契約はまだ続いてるんだよね」
「口に出さなくても解ってると思ってたわ」
「それが恋人に何も言わず外国に行っちゃった人間の台詞かなぁ」

頭に乗せられたままのタオルをの道具の隣に置き、彼女を抱き締める。細いが女性特有の柔らかな感触と、布越しに伝わる温度が懐かしい。

「こうして触れられても強張らなくなったのは俺のお陰だよね」
「随分と荒療治だったけど、今は感謝してるわ」

が昔を思い出し、眉間に皺を寄せる。

、心から愛していると君が言うまで、俺はを離さないよ」
「私がおばあちゃんになる前によろしく」
「どれだけかかると思ってるの」

珍しく困ったように苦笑いする臨也に、は思わず声を上げて笑ってしまった。の反応が面白くなかったのか、臨也は抱き締めたまま彼女に体重をかけた。そのまま二人でベッドに倒れこむ。

「何、臨也」
「久しぶりに、恋人らしい事でもしようか」

押し倒された体勢に、抗う理由もなく。
笑みを消し真剣な顔をした男の顔が近付き、はそっと目を閉じた。