親父が一人のナースを疑っている。名前は。 そう言われても顔が思い出せない。逡巡してるとマルコが付け足す。ほら、三日前の戦闘でお前の腕に包帯巻いてたナースだよい、と。ああ、あの髪の黒い。だけど何でまた。親父の首を狙う馬鹿が多いってことだ。の部屋で電伝虫が見つかったらしい。同室のナースに聞いてみると、使っているところを見たことがないと言う。マルコは電伝虫を親父の所へ持って行き、俺はを呼びに行った。 「はいるか?」 「はい・・・何でしょうか」 確かに三日前、俺はこいつに腕の怪我を触られた。丁寧で手際が良く、こんな事が無ければ記憶にも残らないほど鮮やかな手つきで。 「親父が呼んでる」 「解りました」 は顔色ひとつ変えず、静かに俺の後を付いてくる。親父に呼ばれたといのに彼女から焦りも殺気も感じない。本当には親父を裏切っているのだろうか。 「親父、連れてきたぜ」 部屋には親父と、俺を除く隊長全員がいた。皆を見てる。中央に机が一つ。その上には電伝虫。 「、これはお前の電伝虫だな」 「はい」 親父の問に静かに答える。変らぬ空気。変らぬ声色。そこでようやく俺は、が普通でない事に気付いた。隊長達に囲まれ、親父にこんな声色で話しかけられ、怯えないナースなんていない。 「グララララ・・・、これで誰と連絡を取っていたんだ?」 親父の声が狭くない部屋で響く。は喋らない。 「誰か言わなくてもいい。だが海の藻屑になりたくなかったら今ここで、相手に電話をかけろ」 がゆっくりと歩き出す。前に立っていた俺を通り過ぎ、電伝虫に触れ、慣れた手つきで電話をかける。 『はい、こちら海軍本部』 「こちら。応答願います」 『お疲れ様です、少将。如何されましたか、定期連絡にはまだ早いですが』 「正体がバレたわ、迎えに来てくれる?」 『状況は?』 「持って二時間、それ以上は難しいわ」 眈々と喋り出すに俺達は唖然とした。海軍の人間、しかも少将。それだけではない、親父と俺達を目の前にして、二時間逃げ切ると言ったのだ。 『近くの巡視船に応援を頼めば一時間もあれば着きますが・・・』 「いえ、私の船を出して。逃げ切らなくてはいけないから」 無駄な人品は乗せないでね。そう付け足したは電伝虫を切り、姿勢を正し白ひげに向う。 「改めて自己紹介をさせて頂きます。わたくし、海軍本部所属、。地位は少将。この度上層部より白ひげ海賊団の監視を任されました。今回の潜入目的は、引き継いだ資料が目に余る代物でしたので、白ひげ海賊団のより正確な情報収集及び挨拶を兼ねて参りました。短くはない付き合いになるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」 淀みなく自己紹介をし、笑顔まで浮かべ優雅に一礼する。開いた口が塞がらない。 「グララララ、いいだろう、。お前の度胸に免じて追うのはここにいる息子達だけにする。精々二時間逃げ切る事だな」 「親父!!」 「イイじゃねェか。バカ息子達。誰も危険な目に逢った訳じゃねェんだ。それにお前達は女一人捕まえられない事は無いだろう?」 親父が笑う。は笑顔を絶やさないままナース帽を取り、帽子の中に隠していたグローブを嵌めている。 「おい、武器は持たなくて良いのかい?」 サッチが野次を飛ばす。 「今回の潜入に持参したのは電伝虫とこれのみです。どうかお手柔らかに」 こちらを向きグローブを付けた手をひらひらと振る。敵ながら大丈夫なのかと思った。ほんのわずかな間。 「え?」 攻撃を避ける、それだけの行為をは行う。拳を見切り、剣を躱し、弾を避け、炎から紙一重で逃げ切る。は全く攻撃しないが、こちらの攻撃も何ひとつ当たらない。部屋を抜け甲板に出ても状況が変わらぬまま一時間が経過していた。普通の女ならここまで体力が持たないが、は少し息が乱れているだけで済んでいる。伊達に少将を名乗ってはいないようだ。隊長達の周りを他の船員が囲む。に逃げ場は無い。 「あと一時間、どうやって持たせる気だよい」 炎を纏い始めたマルコが問い掛ける。本気だ。は笑みを深めるだけで答えない。確かに、迎撃されるより逃げられる方が厄介だ。それにこちらは加減をしないと船を破壊してしまうので思う存分動けない。この人数も狭い甲板では不利だ。 抱きつかれて動けない。が銃弾を避ける為跳んだ瞬間、俺は足を火に変えに飛び掛かる。二人で甲板を転がり、俺がを押し倒す形で止まった。 「チェックメイトだ」 「それはどうかしら、"火拳のエース"」 の手が俺の首にかかる、首がグローブに触れた途端、全身の力が抜けた。 「まさか・・・」 「そう、海楼石を仕込んだグローブよ、来たのが能力者で良かったわ」 首にかけられた手に力を入れられると、簡単に顔が近くなる。仲間に囲まれているが、俺がをかばう体勢なので迂闊に手出しできない。 「火拳。海に向かって立って頂ける?」 体が重い。海の中にいるみたいだ。抵抗出来ずにと立ち上がったが、立つ事すらやっとだった。思わずの肩に手を置く。このまま捕まえていれば良いのだが、海楼石のお陰でこれ以上動けない。仲間の視線が背中に刺さる。確かに、状況が状況でなければ恋人同士にしか見えないだろう。サフィスを睨み付けたが笑顔一つ出かわされた。約束の二時間までもう時間が無いが、やられっぱなしでは白ひげの名が廃る。俺は肩にいた手を腰に回し、サフィスを強く抱きしめ甲板から海に身を投げた。サフィスの驚く顔と仲間の野太い悲鳴に混ざって聞こえた微かな悲鳴が聞けたので、満足した俺は今度こそ本当の海の中に身を沈めた。 「少将、ご無事ですか!」 「無事だ。だから撃つな、構えるな」 エースと海に落ちたものの、彼が海で溺れるのは当然。海中でエースの身体を浮上させ、彼を追って海に飛び込んだ仲間に彼の身柄を明け渡す。丁度良く迎えの軍艦が来たので引き揚げてもらった。駆け寄る部下からタオルを受け取り電伝虫を持って来させ、先程まで所有していた、今もまだ白ひげの元にあるであろう電伝虫に繋げる。 『こちら白ひげ』 「船長、です」 『グララララ、生きていやがったか裏切り者』 「お陰様で命だけは。船長は素敵な息子達をお持ちで」 『その息子から逃げられたのはお前だろう。流石は海軍本部一の出世株。"能力者殺し"の名は伊達じゃないな』 「ご存知でしたか。白ひげに知られているとは光栄ですね」 『グララララ。どうだ。ちったぁ手応えのある奴でも見つけたか?』 「火拳に海に落とされました。能力者を落とすことはあっても落とされたのは初めてです」 仕返しに伺うまで電伝虫は預かっててください。そう告げて通信を切った。 「屈辱だわ」 そう言いながら、口元が綻ぶのを抑えきれなかった。 「エース!無事か?」 船に引き上げられたエースが水を吐いたあと、何か言いたそうに口をパクパクさせている。 「何て言ってるんだよい?」 マルコがエースの口元に耳を近付ける。 「何だ?エース」 「ありゃあ・・・だ」 「は?」 「いい女だ」 |